ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.仕事を取ることだけに意識が向いていないか
- 2.契約知識は、学校でも法学部でもほとんど学ばない
- 3.創業3〜5年目で「契約書の痛み」に気づく会社は多い
- 4.契約書は、売上ではなく利益を守るために必要になる
- 5.中小ベンチャー企業では、一発の契約トラブルが重い
- 6.契約知識は、実は差別化しやすい分野である
- 7.まとめ|契約は、仕事を取った後の利益を守る技術である
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.仕事を取ることだけに意識が向いていないか
創業したばかりの方や、フリーランスとして活動を始めた方とお話ししていると、
非常によく感じることがあります。
それは、「仕事を取ること」には一生懸命でも、
「仕事を取った後」には意識が向きにくいということです。
もちろん、仕事を取ることは大切です。
- 営業
- マーケティング
- SNS発信
- 紹介の仕組みづくり
- ホームページ整備
- 商品・サービスの見せ方
どれも非常に重要です。
特に創業初期は、まず仕事を取らなければ始まりません。
売上が立たなければ、事業は続きません。
ですから、営業やマーケティングを学ぶことは当然です。
ただ、ここで見落とされやすいものがあります。
それが「契約」です。
- 仕事を取る
- 見積を出す
- 発注を受ける
- 納品する
- 請求する
- 入金される
この一連の流れの裏側には、必ず契約による裏付けがなければならない現実があります。
たとえ契約書を作っていなくても、実際には契約関係は発生しています。
口約束でも契約は成立します。
メールのやり取りでも、契約内容の証拠になり得ます。
つまり、ビジネスをしている以上、契約から逃れることはできません。
にもかかわらず、多くの方は「契約のことは、仕事を取った後で考えればいい」と思いがちです。
これが本当に危ない。
なぜなら、契約を軽く見たまま仕事を進めると、後になって、
- 「こんなはずではなかった」
- 「ここまでやるとは聞いていない」
- 「追加費用を請求できない」
- 「代金を払ってもらえない」
- 「契約を切りたいのに切れない」
という問題が起きるからです。
仕事を取ることは入口です。
しかし、契約はその仕事を利益に変えるための設計図です。
入口だけ見ていても、事業は安定しません。
2.契約知識は、学校でも法学部でもほとんど学ばない
最近は、学校教育でも「お金の教育」や「金融教育」が必要だと言われるようになってきました。
これは非常に大事なことだと思います。
ただ、私はそれと同じくらい、契約に関する知識も必要だと考えています。
なぜなら、契約は日常生活にもビジネスにも深く関わっているからです。
- スマートフォンを契約する
- 賃貸借契約を結ぶ
- クレジットカードを作る
- サブスクサービスに申し込む
- 仕事を受ける
- 外注先に発注する
- スタッフと雇用契約を結ぶ
- 顧客と業務委託契約を交わす
こうした場面は、すべて契約です。
ところが、契約について体系的に学ぶ機会は、ほとんどありません。
学校では、契約書の読み方を学びません。
大学の法学部でも、民法の契約法は学びますが、
実際の契約書の読み方・作り方・交渉の仕方まで学ぶ機会は限られています。
私自身、法学部を出ています。
民法も契約法も学びました。
しかし、「契約書実務」を体系的に学んだのは、社会に出てからです。
企業の法務部で、現実の契約書に触れながら、初めて分かったことがたくさんありました。
だからこそ、契約書で痛い思いをする人が多いのは、ある意味で当然なのです。
知らないからです。
これは、能力の問題ではありません。
単に学ぶ機会がなかっただけです。
しかし、ビジネスの現場では「知らなかった」では済まないことがあります。
- 契約書に書いてある
- メールに残っている
- 発注条件として合意している
- 請求条件が決まっている
- 解除条件が定められている
こうなると、あとから「そんなつもりではなかった」と言っても、通らないことがあります。
だからこそ、契約知識は、仕事をする人にとって基本的なビジネスリテラシーだと考えた方がよいのです。
3.創業3〜5年目で「契約書の痛み」に気づく会社は多い
実務で非常によくあるのが、創業して3年から5年ほど経った経営者の方からの相談です。
この時期の相談には、ある共通点があります。
「契約書のことで痛い思いをして、初めて重要性が分かりました」
こういう枕言葉で始まる相談が、本当に多いのです。
創業直後は、とにかく仕事を取ることに必死です。
目の前の売上を作ることが最優先です。
最初はそれでよい面もあります。
しかし、事業が少しずつ回り始めると、次の問題が出てきます。
- 案件数が増える
- 取引先が増える
- 外注先が増える
- スタッフを雇う
- 継続取引が増える
- 金額の大きい案件が出てくる
この段階になると、口約束やメールだけでは限界が出てきます。
- 「どこまでが業務範囲だったのか」
- 「追加作業は別料金なのか」
- 「納期遅れは誰の責任なのか」
- 「検収はいつ終わるのか」
- 「キャンセル時の費用はどうなるのか」
- 「途中で契約を終わらせられるのか」
こういった問題が、現実に出てきます。
そして、多くの場合、トラブルが起きてから初めて契約書の重要性に気づきます。
ただ、本来は、痛い思いをしてから学ぶ必要はありません。
創業初期から、最低限の契約知識を持っておけば、防げるトラブルは多いです。
契約書を完璧に作れる必要はありません。
すべての条文を理解する必要もありません。
しかし、
- 仕事を始める前に何を決めるべきか
- 見積書に何を書いておくべきか
- 追加作業はどう扱うべきか
- 納品と検収をどう分けるべきか
- 支払条件をどう確認するべきか
- 契約解除の条件をどう見るべきか
この程度の基礎知識があるだけでも、かなり違います。
創業3〜5年目で痛い思いをしてから学ぶのではなく、創業時から契約を学ぶ。
これは、もっと広がってよい考え方だと思います。
4.契約書は、売上ではなく利益を守るために必要になる
契約書というと、営業とは別物だと思われがちです。
- 営業は仕事を取るもの
- 契約書は事務処理
- 法務や総務が見るもの
そう考えている会社も少なくありません。
しかし、これはかなりもったいない見方です。
契約書は、売上を直接作るものではないかもしれません。
しかし、売上を利益として残すためには非常に重要です。
- 仕事を取ることに成功した
- 売上は立った
- でも、追加対応が増えた
- やり直しが増えた
- 検収が終わらない
- 入金が遅れる
- クレーム対応に時間を取られる
- 外注費が想定以上に膨らむ
こうなると、売上はあっても利益が残りません。
むしろ、売上が大きい案件ほど、契約条件が甘いと危険です。
- 金額が大きい
- 関係者が多い
- 納期が長い
- 仕様変更が起きやすい
- 支払サイトが長い
- 責任範囲が広い
こういう案件で契約条件が曖昧だと、一気に利益を吸われます。
契約書は、取引の中で、
- どこまでが基本料金なのか
- どこからが追加料金なのか
- いつ請求できるのか
- いつ支払ってもらえるのか
- どの時点で納品完了なのか
- どこまで責任を負うのか
- どの条件なら契約を終われるのか
を整理するものです。
つまり、契約書は「売上を作る書類」ではなく、「利益を守る書類」です。
仕事を取る段階では、マーケティングや営業が重要です。
しかし、仕事を取った後に利益を残す段階では、契約が重要になります。
会社が成長して次のフェーズに入ると、ここが効いてきます。
売上を増やすだけではなく、利益を残す。
仕事を増やすだけではなく、損をする仕事を減らす。
受注するだけではなく、条件の悪い受注を避ける。
この段階に来たとき、契約書の価値は一気に上がります。
5.中小ベンチャー企業では、一発の契約トラブルが重い
特に中小ベンチャー企業や創業初期の会社では、一つの契約トラブルが非常に重くなります。
大企業であれば、多少の未回収やトラブルがあっても、他の売上で吸収できることがあります。
法務部もあります。
経理部もあります。
回収の仕組みもあります。
しかし、創業初期の会社ではそうはいきません。
10万円、20万円の未回収でも、資金繰りに大きな影響が出ます。
外注費を先に払っている案件で、顧客から入金されなければ、手元資金が一気に厳しくなります。
スタッフの人件費、家賃、広告費、仕入れ代金など、支払いは待ってくれません。
本当に、一発の契約トラブルで会社の存続に関わることがあります。
特に危ないのは、
- 契約書なしで大きな案件を受ける
- 前提条件を曖昧にしたまま制作を始める
- 納品基準を決めずに進める
- 追加作業の扱いを決めていない
- 支払条件が曖昧
- キャンセル時の費用負担が決まっていない
- 相手の都合で遅れた場合の扱いがない
こういうケースです。
最初は「まあ大丈夫だろう」と思って始めます。
相手も悪い人には見えない。
関係も良好。
早く仕事を始めたい。
しかし、トラブルは、関係が良いときには見えません。
問題が起きたときに初めて、契約書がないことの怖さが分かります。
だからこそ、創業初期こそ、契約で脇を固める必要があります。
大げさな契約書でなくても構いません。
まずは、最低限の条件を言語化する。
お互いの認識を揃える。
支払条件と業務範囲を明確にする。
納品と検収を決める。
トラブル時の出口を作る。
これだけでも、かなり違います。
6.契約知識は、実は差別化しやすい分野である
営業やマーケティングは、多くの人が興味を持っています。
創業セミナーでも、SNS活用、集客、ブランディング、営業手法、ホームページづくりなどは人気があります。
もちろん、これらは重要です。
ただ、みんなが学んでいる分野は、差別化が難しい面もあります。
一方で、契約知識はどうでしょうか。
- 多くの人が必要だと分かっていながら、後回しにしています
- 苦手意識があります
- 面倒だと思っています
- 専門家任せにしがちです
だからこそ、少し学ぶだけで差がつきます。
契約書を完璧に読める必要はありません。
でも、商談の最後に契約書が出てきたとき、最低限の確認ポイントが分かる。
支払条件を見て、キャッシュフローへの影響が分かる。
契約不適合責任や損害賠償の意味がざっくり分かる。
契約解除条項を見て、出口があるか確認できる。
追加作業の条件を事前に決める必要性が分かる。
これだけでも、営業現場ではかなり強いです。
お客様から契約書について質問されたとき、
「会社に確認します」だけで終わるのか。
「この条項は、こういう趣旨です」と説明できるのか。
この差は大きいです。
また、経営者としても、契約知識があると判断が速くなります。
- この条件は飲んでよいのか
- ここは修正交渉すべきなのか
- この案件は利益が残るのか
- この支払条件で資金繰りは大丈夫か
- この責任範囲は自社で負えるのか
契約書は、法律文書であると同時に、経営判断の材料です。
だからこそ、契約知識は差別化になります。
周りがあまり力を入れていない分野だからこそ、少し学ぶだけで成果が出やすい。
これは、中小ベンチャー企業やフリーランスにとって、非常に大きなチャンスだと思います。
7.まとめ|契約は、仕事を取った後の利益を守る技術である
今回のポイントを整理します。
- 仕事を取ることは大切だが、仕事を取った後の契約も同じくらい重要
- 契約知識は、学校でも法学部でも実務レベルではほとんど学ばない
- 創業3〜5年目で契約書の痛みに気づく会社は多い
- 契約書は、売上ではなく利益を守るために必要になる
- 中小ベンチャー企業では、一発の契約トラブルが会社の存続に関わることがある
- 契約知識は、周りがあまり学んでいないからこそ差別化しやすい
- 契約書は、法律文書であると同時に経営判断の材料である
そして何より大事なのは、契約は、仕事を取った後の利益を守る技術であるということです。
仕事を取ることは入口です。
しかし、その仕事で利益を残せるかどうかは、契約条件に大きく左右されます。
- どこまでやるのか
- いくらもらうのか
- いつ払ってもらうのか
- 追加作業はどう扱うのか
- いつ納品完了になるのか
- どこまで責任を負うのか
- どこで契約を終われるのか
これらを曖昧にしたまま仕事を始めると、売上は立っても利益が残らないことがあります。
だからこそ、営業やマーケティングと同じように、契約も学ぶべきです。
契約書は、堅苦しい書類ではありません。
会社のお金を守り、時間を守り、次の仕事へ進むための設計図です。
創業時から契約を学ぶ。
仕事を取る力と、契約で利益を守る力をセットで身につける。
これが、これからの中小ベンチャー企業やフリーランスにとって、とても大切な視点だと思います。

【音声解説】
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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