ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに:契約書が“機能しない”とはどういうことか
「契約書って読む気にならないんだよなぁ…特に“甲”とか“乙”とか出てくると、もう何がなんだか」。 これは、業界団体が作成した施工請負契約書のひな形を使用している、ある建設会社の社長さんがおっしゃっていた言葉です。
契約書の存在意義は、本来トラブルを未然に防ぎ、取引を円滑に進めることにあります。 ところが、書かれている内容がわかりにくかったり、登場人物(当事者)が“甲”“乙”と記号化されてしまうことで、現場感覚からどんどん遠ざかってしまう。
結果として、「現場で使えない契約書」「読む気が失せる契約書」になってしまっては本末転倒です。 これはつまり、“機能しない契約書”と言えるでしょう。
「甲・乙」の表記は絶対ではない
契約書の当事者を「甲」「乙」と表記するのは、あくまで日本の商習慣にすぎません。 法的には、当事者の呼称は「A・B」でも「当社・施主様」でも「請負人・発注者」でも構いません。
大切なのは、本文中でその呼び方を明確に定義し、以後は統一して使うこと。 たとえば冒頭で、
本契約において、「施主様」とは●●●●(以下「施主様」という)をいい、「当社」とは株式会社△△(以下「当社」という)をいう。
と定義しておけば、以降の条文も読みやすくなります。 まるで、生活動線をきちんと考えて設計された住まいのように、スッと頭に入ってくるわけです。
加えて、消費者保護の観点からも、施主様と業者が“並んで一緒に読む”ようなイメージで文章を構成することも重要です。施主様にとっても分かりやすく、当社側の担当者も説明しやすい契約書。これこそが、真の意味での“機能する契約書”だといえます。
契約書を「読みやすく」する設計とは
読みやすい契約書にはいくつかの工夫があります。
- ダラダラした一文を避ける
- 見出しを付ける(項目の所在が一目でわかる)
- 平易な言葉に置き換える(「この限りではない」「前各項」「~の責に帰し得ない」などの契約書独特の言い回しを避ける)
- 「誰が」「何を」「いつまでに」といった基本構造を明確に
たとえば、
甲の責に帰すべき事由に起因する場合はこの限りではない。
といった文言は、法律的には一般的ですが、現場では「結局どういうときに適用されるのか?」が分かりづらいものです。 これを、
当社に明らかな設計上の重過失があった場合には適用されません。
とするだけでも、グッと読みやすくなります。
契約書を読み合わせる際、業者が説明するたびに「ここ、どういう意味ですか?」と質問されるようでは、内容の伝達がスムーズとは言えません。
説明のたびに読み手が混乱しないこと、そして施主様が自宅に持ち帰って一人で読み返しても理解できることが、読みやすさの目安です。
法的リスクと快適性のバランスが大切
契約書は、法的トラブルへの備えとしての側面も重要です。 しかし、リスクを恐れるあまり、次のような強すぎる条文を盛り込んでしまうことがあります。
- 保証期間が異常に短い(法令に抵触する可能性があります)
- 解約条件が一方的に厳しい(なお、施主様が消費者である場合、消費者契約法により一方的に消費者に不利益な条項は無効とされる可能性があります)
- 違約金が高額
実際に、こうした条項を盛り込みすぎたことで、施主様との交渉が難航したというご相談もよくあります。
ビジネスは信頼で成り立つもの。契約書もその信頼を育むものであるべきです。
契約書は“注文住宅”のように設計すべき
建設業のビジネスモデルは多様です。 公共工事、住宅リフォーム、設計施工、下請・孫請など、商流や契約形態がまちまち。 だからこそ、契約書は“既製品”ではなく“注文住宅”であるべきだと、私は考えています。
御社の業態や施主様のタイプに合わせた文面、条項設計があってはじめて、「納得してもらえる契約書」になります。
たとえば、
- 高齢者の施主様向けに文字を大きめにする
- 設計図書のリストを添付する
- リフォームでは写真付きの仕様書を添付する
など、読み手が「ちゃんと自分のことを考えてくれている」と感じられる契約書は、信頼関係の構築にもつながります。
読みやすさと法的効力、どちらも叶えるために
読みやすさだけを追求すると、法的効力が薄れてしまうことがあります。 逆に、法律的に完璧でも、読みづらい契約書では現場でのトラブルを防げません。
たとえば、曖昧な表現を避けるために長い文になってしまう条文は、確かに法的には有効です。 しかし、営業担当が説明に詰まってしまったら意味がないのです。
専門家の役割は、この“落としどころ”を見つけることにあります。 「法的な強度」と「現場での説明のしやすさ」をどうバランスさせるか。 これが、現場を知る専門家に求められる力です。
加えて、社会情勢や物価高騰など、外部環境の変化にも対応できる柔軟な設計が求められます。 「価格改定の協議条項」や「天候等による遅延条項」なども、今や必須といえるでしょう。
“建付けの悪い契約書”にならないために
法務の現場では、読みづらく、構成がチグハグな契約書を「建付けが悪い契約書」と言ったりします。
住宅設計と同じく、契約書にも「間取り」「動線」「収納の使いやすさ」のような概念があるべきです。 ユーザー(現場社員や施主様)の使い勝手を考え、きちんと設計された契約書は、結果的に信頼を呼び、トラブルを防ぎます。
たとえば、契約期間や引き渡し時期、追加費用の発生条件など、建設現場で実際に「揉めやすいポイント」を先回りして条文化することで、後々のクレームを防げる可能性が高まります。
こうした契約書は、まさに“機能する契約書”です。
さいごに──契約書も“現場とセット”で考える時代へ
契約書はもはや、「何かあったときのための予防線」ではありません。 現場を動かす“設計図”であり、施主様との関係性を築く“第一印象”にもなり得ます。
建設業は、人と人の信頼で成り立つ業界です。 だからこそ、契約書も「読みやすく、伝わりやすく、誠実であること」が大切なのです。
私は、御社のビジネスモデルや現場事情をヒアリングした上で、 “使える契約書”“納得して出せる契約書”をご一緒に設計いたします。
施主様との信頼を深め、現場の混乱を減らし、長く安心して使える契約書。 それが、これからの事業成長を支える土台になると信じています。
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