ビジネス法務

【契約書のトリセツ】部門ごとの利害をそろえ、会社の方針を契約書に落とし込む方法

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.契約書作成で本当に大変なのは何か

契約書作成というと、多くの方は「条文を作る仕事」だと思われるかもしれません。
もちろん、それは間違いではありません。

契約書には、

  • 支払条件
  • 納期
  • 検収条件
  • 契約不適合責任
  • 損害賠償
  • 解除条項
  • 秘密保持

など、きちんと設計すべき条項がたくさんあります。
ただ、実務で契約書作成に関わっていると、条文を作ること以上に大変なことがあります。
それが、社内調整です。

特に、ある程度組織化された会社では、契約書のひな形を作るときに、
社内の複数部門の意見をすり合わせる必要があります。

メーカーであれば、営業部、技術部、製造部。
IT企業であれば、営業部門、制作部門、開発部門、保守運用部門。
場合によっては、経理、総務、法務、経営陣も関わってきます。

それぞれの部門は、会社を良くしたいという意味では同じ方向を向いています。

しかし、日々見ている景色が違います。
抱えている責任も違います。
お客様から受けるプレッシャーも違います。

そのため、契約書で重視するポイントがまったく違ってくるのです。

ここを無視して、社長や法務・総務だけで契約書を作ってしまうと、見た目は整った契約書ができても、
現場で使われない契約書になってしまうことがあります。

契約書は、作れば終わりではありません。
現場で使われて初めて意味があります。

だからこそ、契約書作成で本当に大変なのは、条文そのものよりも、社内の利害を調整し、
会社としての方針を一つにまとめることなのです。


2.部門ごとに、契約書を見るポイントは違う

契約書を見るポイントは、部門によってかなり違います。

たとえば営業部門です。
営業部門が気にするのは、主に次のような点です。

  • 支払条件
  • 納期
  • 受注しやすい条件かどうか
  • お客様に説明しやすい内容かどうか
  • 契約書が原因で商談が止まらないか

営業は、お客様と最前線で向き合う部門です。
そのため、「この契約書でお客様が納得してくれるか」「商談が前に進むか」を非常に気にします。

一方、技術部門や制作部門が気にするのは、少し違います。

  • 仕様がどこまで明確か
  • 検収条件は妥当か
  • 不具合対応の範囲は広すぎないか
  • 契約不適合責任の期間や内容は重すぎないか
  • お客様の要求が後から膨らまないか

技術部門や制作部門にとって怖いのは、「できる」と言っていないことまで、
あとから当然のように求められることです。

営業上は柔らかく見せたい。
しかし、現場としては曖昧にされると困る。
この温度差が、契約書作成ではよく出ます。

さらに製造部門であれば、

  • 納期に無理がないか
  • 仕様変更が頻発しないか
  • 製造ラインに過度な負担がかからないか
  • 品質を維持できるスケジュールになっているか

こういった点を重視します。

同じ契約書を見ていても、営業は「売れるか」を見ている。
技術や制作は「作れるか」を見ている。
製造は「回せるか」を見ている。
経理は「回収できるか」を見ている。
経営者は「会社全体として成立するか」を見ている。

この違いを理解しないまま契約書を作ると、必ずどこかに無理が出ます。


3.納期ひとつでも、営業と製造の利害は一致しない

分かりやすい例が、納期です。

営業部門は、できるだけ早い納期を提示したいと考えます。

お客様から、

  • 「なるべく早く納品してほしい」
  • 「他社より早く対応してほしい」
  • 「この日までに間に合わせてほしい」

と言われるからです。

  • 営業としては、早く納品できる方が受注しやすい
  • お客様にも喜ばれる
  • 競合にも勝ちやすい

したがって、営業部門は納期を前倒しにしたいという方向に働きます。

一方で、製造部門や制作部門はどうでしょうか。

当然ながら、できるだけ現実的な納期にしたい。
無理な納期を受けてしまうと、現場がパンパンになります。

  • 夜遅くまで対応しなければならない
  • 品質確認の時間が削られる
  • ミスが増える
  • 不良品や手戻りが発生する
  • 結果として、クレームにつながる

つまり、営業が「早く」と言うのは自然です。
製造や制作が「少し余裕を見てほしい」と言うのも自然です。

どちらかが悪いわけではありません。
見ている景色が違うだけです。
しかし、契約書には最終的に一つの納期を書かなければなりません。

ここで重要なのは、どちらの部門の主張を一方的に通すかではありません。
営業上の必要性と、現場の実現可能性をすり合わせることです。

この調整をしないまま契約書に納期を書いてしまうと、あとで現場が苦しみます。
逆に、現場の都合だけを優先しすぎると、営業が受注しにくくなります。

契約書の条文は、こうした社内の力学の結果として決まっていくものなのです。


4.契約書は「会社の方針」を外部に示す文書である

契約書は、単なる法律文書ではありません。
お客様や取引先に対して、自社はどういう方針で商売をする会社なのかを示すビジネス文書でもあります。

たとえば、

  • 支払条件をどうするのか
  • 納期をどこまで約束するのか
  • 検収をどのように行うのか
  • 仕様変更をどのタイミングで別料金にするのか
  • 不具合対応をどこまで無償で行うのか
  • 損害賠償の上限をどう設定するのか

これらはすべて、会社の商売の姿勢とつながっています。

営業だけの都合で作れば、受注はしやすくなるかもしれません。
しかし、現場が回らなくなるかもしれません。

技術や制作だけの都合で作れば、現場は守られるかもしれません。
しかし、お客様から見て硬すぎる契約書になるかもしれません。

経理だけの都合で作れば、回収リスクは下がるかもしれません。
しかし、取引条件として受け入れられにくくなるかもしれません。

つまり契約書は、各部門の都合をただ足し合わせるものではありません。

会社として、どのリスクを引き受け、どのリスクは引き受けないのか。
どこまでお客様に寄り添い、どこから先は別料金にするのか。
何を優先し、何を譲らないのか。

こうした判断を、社内で整理し、外部に示すものです。
だからこそ、契約書作成は「社内の方針を言語化する作業」でもあります。
まさに、契約書は取引の解像度を上げるツールです。

ぼんやりしていた社内の考え方を、契約条件という形に落とし込む。
これによって、会社のビジネスの輪郭がはっきりしてきます。


5.社長・法務・総務だけで決めると浸透しない

契約書のひな形を作るときに、避けた方がよい進め方があります。

それは、社長の独断で決めてしまうことです。
あるいは、法務部や総務部だけで作って、現場に下ろしてしまうことです。

もちろん、最終的な意思決定は経営者が行うべきです。
また、法務や総務が契約書作成を主導することも必要です。

しかし、現場の意見を聞かずに決めてしまうと、あとで問題が起きます。

  • 「こんな条件では営業できません」
  • 「この納期では作れません」
  • 「この検収条件では不具合対応が終わりません」
  • 「この仕様変更ルールでは現場が持ちません」
  • 「お客様に説明できません」

こういった反発が出てくるからです。
そして何より怖いのは、契約書が現場に浸透しないことです。

  • せっかく立派な契約書を作っても、営業が使わない
  • 制作が内容を理解していない
  • 製造が守れない
  • 経理が支払条件を把握していない

これでは、契約書を作った意味が半減します。
契約書は、社内で共有され、理解され、運用されて初めて機能します。
だからこそ、自社ひな形や利用規約を作るときには、少なくとも主要部門の責任者には関わってもらうべきです。

契約書は、経営者や法務・総務の所有物ではありません。
会社全体で使う業務インフラです。


6.プロジェクト形式で進める意味

では、どう進めるのがよいのでしょうか。
私が実務上おすすめしたいのは、プロジェクト形式で進めることです。

たとえば、取引基本契約書や業務委託基本契約書のように、会社のコアとなる契約書を作る場合には、

  • 営業部門
  • 制作部門、技術部門、製造部門
  • 経理部門
  • 総務、法務
  • 経営者または経営幹部

といった主要な関係者を巻き込みます。
そして、それぞれの部門が何を気にしているのかを出してもらう。

  • 営業は何に困っているのか
  • 制作や技術は何を恐れているのか
  • 製造はどこで無理が生じているのか
  • 経理はどの支払条件で回収リスクを感じているのか
  • 経営者は会社としてどこに向かいたいのか

これを整理していくと、単に契約書ができるだけではありません。
社内の仕事の棚卸しにもなります。

  • 「実は営業と制作で同じことを心配していた」
  • 「現場が嫌がっていた理由が初めて分かった」
  • 「お客様への説明が部門ごとにバラバラだった」
  • 「仕様変更のルールが社内で共有されていなかった」
  • 「そもそも業務フローが曖昧だった」

こうしたことが見えてくるのです。
つまり、契約書作成は、単なる書類作成ではありません。
社内の業務改善にもつながります。

私が支援させていただいている中小ベンチャー企業、とりわけIT系の会社さんでは、
営業と制作がバチバチになることがあります。

  • 営業は仕事を取ってくる。
  • 制作はその仕事を形にする。
  • 営業は「早く、安く、柔軟に」と言われやすい。
  • 制作は「品質、工数、納期」を守らなければならない。

一見、対立しているように見えます。
しかし、契約書作成の場で話し合ってみると、意外と目指していることは同じだったりします。

  • お客様に良いものを提供したい
  • 無理な案件で現場を壊したくない
  • 会社として利益を残したい
  • トラブルを減らしたい

この共通点が見えてくると、契約書は単なるルールではなく、社内をつなぐ道具になります。
ここに、契約書作成をプロジェクト形式で進める本当の意味があります。
条文を作ることではなく、社内をつなぎ直すことが、この作業の本質だからです。


7.まとめ|契約書作成は、社内の解像度を上げる作業でもある

今回のポイントを整理します。

  • 契約書作成で本当に大変なのは、条文作成そのものより社内調整である
  • 部門ごとに契約書を見るポイントは違う
  • 営業、技術、制作、製造、経理では、それぞれ重視するリスクが異なる
  • 納期ひとつを取っても、営業と製造・制作では利害が一致しないことがある
  • 契約書は、会社の方針をお客様や取引先に示す文書である
  • 社長や法務・総務だけで決めると、現場に浸透しないことがある
  • 主要部門を巻き込んだプロジェクト形式で進めると、業務改善にもつながる

そして何より大事なのは、契約書作成は、社内の解像度を上げる作業であるということです。

契約書を作る過程で、社内の考え方のズレが見えてきます。
部門ごとの優先順位が見えてきます。
お客様に何を約束し、何を約束しないのかが明確になります。

つまり、契約書は単なる書面ではありません。
社内の意思を整理し、取引のルールを整え、ビジネスを前に進めるための設計図です。

「契約書を作る」という作業を、ただの書類作成で終わらせるのか。
それとも、社内の業務改善や方針整理の機会にするのか。

ここで、契約書の価値は大きく変わります。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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