ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「速やかに検査する」は、何日以内なのでしょうか
長年担当している契約書研修のアンケートで、次のような感想をいただいたことがあります。
「法律の知識だけでなく、契約書で使う文章のテクニックも学べてよかった」
契約書では、同じような内容でも、言葉の選び方によって相手に求める行動が変わります。
たとえば、納品後の検査について、「5営業日以内に検査する」と書く場合と、「速やかに検査する」と書く場合があります。
具体的な日数があれば、期限は明確です。一方、「速やかに」では、それが3日なのか、1週間なのか分かりません。
さらに、検収に合格すれば、その後は不具合を指摘できないのでしょうか。
ここには、検収を考える上で混同しやすい二つの期限があります。
2.契約書には二つの時計がある
検査・検収に関する条項には、少なくとも二つの時計があります。
一つ目は、納品後、いつまでに検査を行い、合否を決めるのかという「検収の時計」です。
もう一つは、検収後に不具合が判明した場合、いつまで相手の責任を追及できるのかという「契約不適合責任の時計」です。
検収を請求や支払の条件としている契約では、検収が終わらない限り、基本的に売主側は次の手続へ進めません。そのため、一つ目の時計はキャッシュフローに直結します。
一方、検収時には発見できなかった不具合が後から判明することもあります。その場合の修補、代替品、代金減額などをどうするかは、二つ目の時計の問題です。
検収に合格したからといって、当然にすべての責任が終了するわけではありません。
3.売主は短く、買主は長くしたい
売主側は、検収期間を短く、明確にしたいと考えます。
例えば、納品後5営業日以内に検査し、期間内に不合格の連絡がなければ合格とみなす。
こう定めておけば、検収をいつまでも先延ばしにされにくくなります。
買主側は、検査に必要な時間を十分に確保したいと考えます。
ペットボトルの水10ケースなら、数量や外観をすぐに確認できるでしょう。
しかし、設計図から製作した一点物の工作機械や、専用に開発したシステムでは、実際に稼働させなければ分からないことがあります。
複数の取引先から一度に大量の商品が納入される会社では、すべてを納品後5営業日以内に検査することが現実的でない場合もあります。
ただし、買主だから「速やかに」とぼかしておけば有利とは限りません。
期限が分からないため、売主との間で「もう十分な時間がたった」「まだ検査に必要な期間内だ」という新たな争いが生じるからです。
4.検収の時計と契約不適合責任の時計を分ける
二つの時計は、次のように整理できます。
| 二つの時計 | 決める内容 | 主な影響 |
|---|---|---|
| 検収の時計 | 納品後いつまでに検査し、合否を決めるか | 業務完了、請求、支払、みなし検収 |
| 契約不適合責任の時計 | 検収後、いつまで不具合を通知・請求できるか | 修補、代替品、代金減額、損害賠償など |
検収は、納品物をひとまず受け入れ、取引を次の段階へ進めるための区切りです。
これに対し、契約不適合責任は、納品物が契約で決めた種類、品質、数量などに適合していなかった場合の問題です。
5.一点物の機械では、二段階の確認が必要になる
たとえば、オーダーメイドの工作機械を納品する契約を考えてみます。
外観上の傷、付属品の不足、明らかな動作不良は、納品後の初期検査で確認できます。
しかし、一定時間連続して稼働させた場合の性能低下や、特定の材料を加工したときにだけ発生する不具合は、短期間の検査では分からないかもしれません。
そこで、初期検収と、検収後に判明した不具合への対応を分けます。
初期検収は納品後10営業日以内とし、その期間内に連絡がなければ、外観、数量、通常の動作確認について合格とみなす。
一方、通常の検査では発見できない不具合については、別に通知期間や対応方法を決める。
このようにすれば、売主は検収をいつまでも先延ばしにされず、買主も後から判明した不具合への対応を求められます。
検収条項は、単に売主と買主のどちらを有利にするかではなく、発見できる不具合と、すぐには発見できない不具合を分けて設計することが大切です。
6.日数を書くときに確認したい4つのポイント
検収条項では、まず、いつから期間を数えるかを明確にします。
納品日から数えるのか、必要な書類やデータがすべて提供された日から数えるのか。
システムであれば、実際にテストできる環境が整った日を起算日とすることもあります。
次に、「7日以内」なのか「7営業日以内」なのかを決めます。
休日を含むかどうかで、現場が使える日数は大きく変わります。
さらに、検査する内容と合格基準を定めます。
検査期間だけが決まっていても、何を確認すれば合格なのかが分からなければ、検収は終わりません。
最後に、期間内に回答がなかった場合の効果を決めます。
自動的に合格とみなすのか、売主から催告した後に合格とみなすのか。この違いも重要です。
「直ちに」「遅滞なく」「速やかに」は、いずれも早い対応を求める表現ですが、具体的な日数を示すものではありません。
これらの表現には解釈の幅があり、日数を具体的に書く方が明確だと一般的に言われています。
「速やかに」と書けば買主に有利、「直ちに」と書けば売主に有利と、単純に判断しない方がよいでしょう。
なお、商人間の売買では、商法第526条により、買主には目的物を受領後、遅滞なく検査し、不適合を発見した場合には直ちに通知するというルールがあります。
取引に適用される法律も含めて契約条件を設計する必要があります。
商法第五百二十六条(買主による目的物の検査及び通知)
商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。
2 前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。売買の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことを直ちに発見することができない場合において、買主が六箇月以内にその不適合を発見したときも、同様とする。
3 前項の規定は、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことにつき売主が悪意であった場合には、適用しない。
7.まとめ|検収合格は、すべての責任が終わる合図ではない
検収期間を具体的な日数で書くか、「速やかに」などの言葉で書くかは、たしかに重要です。
しかし、契約書で本当に確認すべきなのは、言葉の強弱だけではありません。
いつまでに検査を終え、いつ請求や支払へ進むのか。
そして、検収後に不具合が判明した場合、いつまで、どのような責任を負うのか。
この二つの時計を分けて考える必要があります。
検収期間は、売主のキャッシュフローと買主の検査能力を調整する条項です。
契約不適合責任の期間は、検収後に残る品質リスクを分担する条項です。
良い契約条件は、単に期限を短くしたり、曖昧にぼかしたりしたものではありません。
現場が実際に動けるかを踏まえて、仕事とお金がいつまでも止まらないように設計されています。

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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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