ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.契約書は、本当に「伝わる文章」なのか
- 2.契約書は“誰にでも伝わる文章”ではない
- 3.契約書が読みにくい3つの理由
- 4.契約書は「感情」ではなく「疑義をなくす」文章である
- 5.「綺麗な商品」と書くとなぜ危ないのか
- 6.契約書は後ろから読むと理解しやすい
- 7.まとめ|契約書は、取引の解像度を上げるための圧縮言語である
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.契約書は、本当に「伝わる文章」なのか
契約書を読んでいて、こう思ったことはないでしょうか。
- 「何を言っているのか分かりにくい」
- 「もっと普通の日本語で書けないのか」
- 「わざと難しく書いているのではないか」
- 「読み手に伝える気があるのだろうか」
かなり多くの方が、一度は感じたことがあると思います。
契約書は、日本語で書かれています。
少なくとも国内取引で使われる契約書の多くは、日本語です。
ところが、同じ日本語であるにもかかわらず、普通のビジネス文書とはかなり読み心地が違います。
- メールとも違う
- 提案書とも違う
- ブログ記事とも違う
- 小説とも違う
- 社内報告書とも違う
どこか無機質で、硬くて、読み手を突き放しているように見える。
では、契約書は「読み手に伝わる文章」ではないのでしょうか。
結論から言うと、契約書は、一般的な意味での“わかりやすい文章”とは少し違います。
契約書は、誰でもすぐに読める文章ではありません。
しかし、契約書を読み慣れている人にとっては、かなり効率よく情報が伝わる文章でもあります。
ここが、契約書という文章の難しいところです。
つまり契約書は、万人向けの読み物ではありません。
一方で、取引のルールを正確に伝えるために、かなり高度に圧縮された文章でもあります。
今回の記事では、契約書の文章表現の特徴を整理しながら、
どう読めば契約書の意味をつかみやすくなるのかを解説していきます。
2.契約書は“誰にでも伝わる文章”ではない
まず押さえておきたいのは、
契約書は「誰にでもわかりやすく伝えること」を最優先にした文章ではない、ということです。
ここを誤解すると、契約書に対するストレスが大きくなります。
一般的な文章術では、よくこう言われます。
- 読み手を意識しましょう
- わかりやすく書きましょう
- 具体例を入れましょう
- 感情に届く表現にしましょう
- 伝わる言葉を使いましょう
これは、ブログや広告文、営業資料、プレゼン資料では非常に大事です。
しかし、契約書は少し違います。
契約書が最優先しているのは、読み手の感情に届くことではありません。
読み手に心地よく読んでもらうことでもありません。
契約書が最優先しているのは、疑義を減らすことです。
疑義とは、簡単に言えば「これはどういう意味なのか?」という疑問です。
- 誰が何をするのか
- いつまでにするのか
- いくら支払うのか
- どこまで責任を負うのか
- どの条件で契約を解除できるのか
- 成果物の権利は誰に帰属するのか
- トラブルが起きたとき、どのルールで処理するのか
こうした点について、できる限り解釈のブレを減らす。
これが契約書の重要な役割です。
そのため、契約書は、一般的な意味での「読みやすさ」よりも、「解釈の安定性」を優先します。
ここに、契約書特有の読みにくさがあります。
ただし、読みにくいからといって、いい加減に書かれているわけではありません。
むしろ逆です。
契約書は、読み手を選ぶ文章です。
契約書に慣れている人には、短い表現でかなり多くの情報が伝わるようにできています。
言い換えれば、契約書は「短縮形の極み」のような文章です。
一般の文章のように、すべてをやわらかく説明してくれるわけではありません。
その代わり、権利義務や責任範囲を、できるだけ誤解が少ない形で圧縮して示しているのです。
3.契約書が読みにくい3つの理由
では、なぜ契約書は読みにくく感じるのでしょうか。
私なりに整理すると、大きく3つの特徴があります。
1つ目は、登場人物が記号化されることです。
契約書では、当事者を「甲」「乙」と呼ぶことが多いです。
「株式会社〇〇」を甲とする。
「株式会社△△」を乙とする。
このように、実際の会社名や人名ではなく、甲・乙という記号に置き換えます。
最近では、「当社」「お客様」「委託者」「受託者」「発注者」「受注者」などの表現もありますが、
それでも普通の文章より記号的です。
読み慣れていない方にとっては、ここでまず距離感が生まれます。
- 「甲ってどっちだっけ?」
- 「乙は自社なのか、相手なのか?」
- 「委託者と受託者が途中で混乱する」
こういうことが起きやすいのです。
2つ目は、形容詞や副詞がかなり削られていることです。
普通の文章では、
- 「丁寧に対応する」
- 「速やかに連絡する」
- 「きれいな状態で納品する」
- 「十分な品質を確保する」
- 「誠実に協議する」
といった表現が自然に出てきます。
しかし、契約書では、このような表現は慎重に扱われます。
なぜなら、形容詞や副詞は、人によって受け取り方が違うからです。
- 「速やかに」とは何日以内なのか。
- 「丁寧に」とはどの程度なのか。
- 「十分な品質」とは何を満たせばよいのか。
- 「きれいな状態」とはどのレベルなのか。
こうした表現をそのまま使うと、あとで解釈が分かれます。
そのため、契約書では、感覚的な表現をできるだけ減らし、定義や仕様に置き換えようとします。
3つ目は、具体的な詳細が本文ではなく別紙に書かれることが多いことです。
契約書の本文には、
「詳細は別紙に定める」
「仕様は別紙Aのとおりとする」
「業務内容は別紙業務仕様書に定める」
「成果物の内容は個別契約に定める」
といった表現がよく出てきます。
本文だけ読んでも、具体的な業務内容や仕様が見えないことがあります。
これは、契約書本文が抽象的なルールを定め、別紙や個別契約で具体的な内容を定める構造になっているからです。
つまり、契約書は本文だけで完結していないことが多い。
ここも、読み慣れていない方にとって分かりにくいポイントです。
4.契約書は「感情」ではなく「疑義をなくす」文章である
契約書の文章を理解するには、小説やブログ記事と比べると分かりやすいと思います。
小説は、読者の感情に訴える文章です。
- 場面を想像させる
- 登場人物の心情を伝える
- 空気感を描写する
- 余韻を残す
- 解釈の幅を楽しませる
これが小説の文章表現です。
一方、契約書は違います。
契約書は、余韻を楽しむための文章ではありません。
読み手に想像させるための文章でもありません。
むしろ、想像の余地を減らすための文章です。
ここが決定的に違います。
たとえば、小説であれば、
「彼は美しい商品を大切そうに差し出した」
という表現は自然です。
しかし、契約書で、
「甲は乙に対し、綺麗な本件商品を引き渡すものとする」
と書くと危険です。
なぜなら、「綺麗な」という言葉の意味が曖昧だからです。
買主からすれば、
- 「これは私にとって綺麗ではない」
- 「想像していた状態と違う」
- 「もっと傷が少ないと思っていた」
- 「色味が違う」
- 「外観に納得できない」
と言いやすくなります。
一方、売主からすれば、
- 「通常の品質は満たしている」
- 「使用には問題ない」
- 「この価格帯なら十分な状態だ」
- 「そこまでの外観品質は約束していない」
と言いたくなるでしょう。
つまり、「綺麗な」という一語が、トラブルの入口になります。
だから契約書では、
「甲は乙に対して、別紙Aに規定する仕様を満たす本件商品を引き渡すものとする」
という表現に近づいていきます。
一般的な文章としては、少し硬いです。
無機質です。
感情に訴える文章ではありません。
しかし、契約書としては、こちらの方が安全です。
「綺麗かどうか」ではなく、「別紙Aの仕様を満たしているかどうか」で判断できるからです。
これが契約書の文章です。
美しさではなく、判断基準。
感情ではなく、定義。
雰囲気ではなく、仕様。
契約書は、こういう方向に文章を寄せていきます。
だから、契約書は読みにくい。
しかし、それには理由があります。
契約書は、当事者間で揉めたときに、第三者にも意味が伝わる文章でなければなりません。
第三者とは、典型的には裁判官です。
もちろん、契約書は日常的には当事者同士が読むものです。
しかし、本当に契約書が力を発揮するのは、残念ながら揉めたときです。
当事者同士で話し合っても解決できない。
そのときに、裁判所や弁護士、専門家が契約書を読む。
そして、そこに何が書かれているかをもとに判断する。
この場面を想定すると、契約書は「やさしい文章」だけでは足りません。
誰が読んでも、同じように意味が取れる。
少なくとも、解釈の幅ができるだけ小さい。
この方向に文章を整える必要があります。
ここに、契約書作成者のジレンマがあります。
依頼者には分かりやすく伝えたい。
現場の人にも読めるようにしたい。
しかし、裁判所や第三者が読んだときにも耐えられる文章にしなければならない。
この両立が難しいのです。
つまり、契約書はわざと難しく書かれているのではありません。
読み手に分かりやすく伝えたいという気持ちと、
揉めたときに第三者にも耐えられる文章にしなければならないという現実が、両立しにくい。
その結果として、読みにくい文章になっているのです。
5.「綺麗な商品」と書くとなぜ危ないのか
もう少し具体的に見てみましょう。
たとえば、ある会社が商品を納品する契約を結ぶとします。
普通の感覚では、
- 「綺麗な商品を納品します」
- 「良い状態で引き渡します」
- 「ちゃんとした品質の商品を提供します」
と書きたくなるかもしれません。
しかし、契約書では、このような表現は注意が必要です。
なぜなら、どれも基準が曖昧だからです。
- 「綺麗」とは何か。
- 「良い状態」とは何か。
- 「ちゃんとした品質」とは何か。
これらは、取引の内容、価格、業界慣行、商品特性、相手方の期待値によって変わります。
高級家具と、仮設イベント用の備品では、求められる外観品質は違います。
新品商品と中古品では、当然基準が違います。
一般消費者向け商品と、業務用部材でも違います。
つまり、「綺麗な」という言葉は、一見わかりやすく見えて、実務ではかなり危ない言葉なのです。
では、どう書くべきか。
契約書では、できるだけ判断基準に置き換えます。
たとえば、
「本件商品の仕様は別紙Aに定めるとおりとする」
「甲は乙に対し、別紙A記載の仕様を満たす本件商品を納入する」
「乙は納入後〇営業日以内に、別紙Aの仕様に基づき検査を行う」
「乙が当該期間内に書面で異議を述べない場合、本件商品は検査に合格したものとみなす」
このように、主観的な言葉をできるだけ客観的な基準に置き換えていきます。
これは、単に法律っぽく書いているわけではありません。
トラブルになったときに、
- 「何を満たせばよかったのか」
- 「どの基準で検査するのか」
- 「いつまでに異議を出す必要があったのか」
- 「異議が出なかった場合にどう扱うのか」
が分かるようにしているのです。
契約書の文章は、感情を削っているように見えます。
しかし、その代わりに、判断基準を埋め込んでいます。
だから、契約書を読むときは、言葉の柔らかさではなく、基準がどこに置かれているかを見る必要があります。
- 「綺麗な商品」ではなく、「どの仕様を満たす商品なのか」
- 「速やかに」ではなく、「何営業日以内なのか」
- 「誠実に対応する」ではなく、「どの手順で対応するのか」
- 「十分な品質」ではなく、「どの検査基準を満たすのか」
こういう読み方をすると、契約書の見え方が変わってきます。
6.契約書は後ろから読むと理解しやすい
では、契約書に慣れていない場合、どう読めばよいのでしょうか。
私がおすすめする読み方の一つは、後ろから読むことです。
多くの方は、契約書を第1条から順番に読もうとします。
もちろん、それが悪いわけではありません。
前文や第1条には、契約の目的や全体像が書かれていることが多いからです。
ただ、契約書に慣れていない方にとっては、第1条から順番に読むと、早い段階でつまずくことがあります。
なぜなら、契約書の前半には、抽象的な条項が多いからです。
- 契約の目的
- 定義
- 基本的な義務
- 適用範囲
- 契約全体の構造
こういった総論的な内容が前に来ることが多いです。
一方で、具体的な内容は後ろの方や別紙に書かれていることがあります。
- 契約期間
- 解除
- 損害賠償
- 反社会的勢力排除
- 協議条項
- 管轄裁判所
- 署名欄
- 別紙仕様書
- 個別契約
- 料金表
こうした部分の方が、読み手にとって具体的で分かりやすいことがあります。
特に、別紙や仕様書には、実際の業務内容、商品内容、料金、納期、作業範囲などが書かれていることが多いです。
つまり、契約書の本文を読んでもピンと来ないときは、まず別紙を読む。
あるいは、契約書の後ろの方から読む。
これが有効です。
たとえば、業務委託契約書であれば、まず確認したいのは、
- 何を依頼する契約なのか
- 報酬はいくらか
- 納期はいつか
- 成果物は何か
- 検収はどうするのか
- 契約期間はいつまでか
- 途中解約できるのか
- 損害賠償の上限はあるのか
- 知的財産権は誰に帰属するのか
といった点です。
これらは、前半だけでは見えないことがあります。
だから、別紙や後ろの条項から見ていく。
そうすると、「この契約書は何のための契約書なのか」がつかみやすくなります。
テストでも、最初の問題から順番に解く人もいれば、自分が解ける問題から解く人もいます。
契約書も同じです。
全部を頭から完璧に読もうとしなくてよい。
まずは、自分が読めるところから読む。
分かるところを拾う。
全体像をつかむ。
そのうえで、分からないところを専門家に確認する。
この順番でよいのです。
契約書は、森を見てから木を見る方が理解しやすい。
いきなり細かい条文に入り込むと、全体像を見失います。
まずは、
- 「これは何の契約か」
- 「誰が何をするのか」
- 「お金はどう動くのか」
- 「どこで終わるのか」
- 「何が起きると揉めそうか」
という全体をつかむ。
そのあとで、個別条項を読んでいく。
この読み方をすると、契約書に対する苦手意識はかなり減ると思います。
7.まとめ|契約書は、取引の解像度を上げるための圧縮言語である
今回のポイントを整理します。
- 契約書は、一般的な意味での“誰にでもわかりやすい文章”ではない
- 契約書の目的は、感情に訴えることではなく、疑義を減らすことにある
- 契約書では、登場人物が「甲」「乙」などに記号化される
- 形容詞や副詞は、解釈の余地を生むため、できるだけ削られる
- 具体的な詳細は、本文ではなく別紙や仕様書に書かれることが多い
- 「綺麗な商品」のような表現は、契約書では危険な場合がある
- 契約書は、前から順番に読むだけでなく、後ろや別紙から読むと理解しやすい
- 分かるところから読み、全体像をつかんでから細部を確認することが大切
そして何より大事なのは、契約書は、取引の解像度を上げるための圧縮言語であるということです。
契約書は、やさしい読み物ではありません。
しかし、意味のない難解文書でもありません。
そこには、
- 誰が、
- 誰に対して、
- 何を、
- いつまでに、
- いくらで、
- どの基準で、
- どこまで責任を負うのか。
こうした情報が、かなり圧縮された形で入っています。
だからこそ、契約書を読むにはコツが必要です。
- 「甲」と「乙」を整理する
- 形容詞や副詞が少ない理由を理解する
- 別紙を見る
- 後ろから読む
- 分かるところから読む
- 全体像をつかんでから、細部を見る
この順番で読めば、契約書は少しずつ見えてきます。
契約書は、読む人を選ぶ文章です。
しかし、読み方を知れば、誰でも少しずつ読めるようになります。
契約書を読む力は、単なる法律知識ではありません。
取引の構造を読む力です。
そして、取引の構造を読めるようになると、仕事の進め方も変わります。
- 曖昧な約束に気づける
- 危ない条件に気づける
- 相手との認識のズレに気づける
- 自社が守るべきラインに気づける
契約書は、一見すると難しいものです。
でも、怖がって遠ざけるだけのものではありません。
少しずつ読み慣れていけば、契約書は取引のリスクに気づかせてくれる味方になります。
そして、自社の立場や約束の内容を整理し、ビジネスを前に進めるための道具にもなります。
契約書は、取引の解像度を上げるツールです。
だからこそ、まずは分かるところからで構いません。
怖がらずに、一つずつ読み解いていくことが大切です。

【音声解説】
本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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