ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに:「契約書って、どう使ってますか?」
ある日、とても印象的なことを言われました。
中小企業を経営している社長さんとの何気ない雑談の中で、こんな言葉が飛び出したのです。
「ウチは契約書を顧客台帳がわりにしてるよ」
顧客台帳?契約書が?
この言葉を聞いたとき、私は驚きと同時に、「それってすごく理にかなっているな」と感じました。
私自身は、契約書の作成やチェックを専門としています。でも、実務では契約書が“使われていない”ケースも多い。しまいっぱなし、読まれない、更新されない…。
でもこの社長さんの会社では、契約書が日々の仕事の中で活用されていたのです。
今回は、その事例をきっかけに実現した「契約書を仕事に活かすしくみづくり」のお話です。とても地味ですが、すごく実用的。そして、会社の雰囲気や働き方まで変わっていきました。
契約書は「お客様との取引の記録」
その社長さんは、こうも言っていました。
「契約書をお客様ごとにファイルしておけば、社員なら誰が見てもその会社との取引履歴が一目でわかるでしょ」
たしかに、契約書には次のようなことが書いてあります。
- どんなサービス・商品を提供したか
- いつからいつまでの契約か
- お金のやり取りや支払い条件
- 特別な取り決めや例外ルール
つまり、契約書には「お客様との関係の歴史」がギュッとと詰まっているのです。
だから、これをきちんと整理しておけば、社員さんの誰でも、
「このお客様、過去にこんな取引してたんだな」
とすぐにわかります。担当者が代わっても安心。仕事の引き継ぎにも便利。社内で情報がきちんと共有されるようになります。
契約書は、ただの“約束の証拠”ではありません。お客様との大事なやりとりを見える化する、仕事の地図帳にもなるのです。
「契約書、読めません」社員さんのリアルな声
ところがその社長さん、少し困った顔でこんな相談もしてきました。
「うちの社員、契約書をちゃんと読めてないんだよね。教育したいけど、どこから手をつけていいか…」
これもまた、大事な気づきです。
というわけで、私は社員の皆さんにインタビューしてみました。
すると…
- 「“甲”と“乙”が誰のことかわかりません」
- 「文章がむずかしくて、どこに何が書いてあるのか探せません」
- 「“この限りではない”ってどういう意味なんですか?」
といった声が次々と出てきました。
こんなに「契約書って難しい」と思われていたのは…私としても何か策を練らなくてはならないと感じました。
スタートは“言葉をやさしく”から
ということで、まず取り組んだのが「契約書のひな形(テンプレート)をやさしくすること」でした。
主語は「当社」と「お客様」に
契約書でよく出てくる「甲」「乙」――これは、便宜的に使われる言葉ですが、読み慣れていないと混乱のもとです。
なので、すべて
- 甲 → 当社
- 乙 → お客様
に置きかえました。
たとえば、
甲は乙に対し、商品を引き渡すものとする。
を、
当社はお客様に、商品を納品します。
というふうに、誰が誰に何をするのかがパッとわかる表現に変えていきました。
わかりにくい表現は、具体的に
また、「かかる〜」「かような〜」「この限りではない」といった昔ながらの言い回しも、意味があいまいで分かりにくい。
なので、こう変えました。
変更前:
本物件の引渡前に、本物件が滅失したときは、買主は、この契約を解除することができる。ただし、売主の責に帰すことのできない事由によって滅失したときは、この限りでない。
変更後:
本物件の引渡前に、本物件が滅失したときは、買主は、この契約を解除することができます。ただし、売主の責に帰すことのできない事由によって滅失したときは、買主は、この契約を解除することはできない。
このようにに、「誰が」「どうなる」が分かるように表現しています。
【参考記事】
見た目も読みやすく
契約書は“見た目”も大切です。
- 長い文章は、項目を分けて整理
- 仕様書や別表ではレイアウトを工夫したり、図や表を用いて分かりやすく
- 各項目に見出しをつける
という工夫を加えました。
これだけで、読むストレスがぐんと減ります。
契約書を“使える”しくみにする
次に着手したのは、契約書の保管や共有の方法です。
今までは、契約書が各部署でバラバラに管理されていて、
- 「あの契約書、どこにある?」
- 「最新のバージョンはどれ?」
- 「前回どうだったっけ?」
と探すのに一苦労していたとのこと。
そこで、
- 契約書は原本をスキャンしPDF化するとともにグループウェアに掲出し知る必要のある社員さんなら閲覧できる状態に
- お客様ごとにフォルダを分ける
- Excelで契約の一覧表をつくる
というシンプルなしくみを作りました。
フォルダも一覧表も、社内の共有サーバーに置くだけ。高価なソフトはいりません。
誰でもすぐに見られて、必要なときに探せる。契約書が“社内の情報資産”になった瞬間でした。
社員勉強会で「契約書アレルギー」を解消
さらに、定期的に社内で契約書の勉強会を開催しました。
難しいセミナーではありません。ゼミ形式で、自社の契約書を一緒に読んで、「ここはどういう意味?」「なぜこう書いてあるの?」と話し合う場です。
あるときは、実際のトラブル事例を取り上げて、
「この条文がなかったらどうなってた?」
なんてシミュレーションも。
すると、こんな声が出てきました。
- 「なんとなく書いてあると思ってた条文にも意味があるんですね」
- 「読むのが楽しくなってきました!」
- 「お客様の商談では今後はこの点、注意しようと思います」
契約書を「仕事の一部」として感じられるようになってきたようです。
会社に起きた変化
この取り組みを始めて、半年ほど経過したころでしょうか。
社長さんから、うれしい報告が届きました。
「最近、社員が後輩に契約書のことを教えてるんだよ。
契約書の読み方を教えることって、実は“仕事のやり方”そのものを教えることでもあるんだよね。
うちは今、一石二鳥どころか、何鳥にもなってるよ!」
契約書を通じて、
- 仕事のやり方
- お客様との向き合い方
- 情報の整理のしかた
が、自然と社内に広がっていたようなのです。
契約書の活用は「業務改善」と「教育」の両方に効く
今回の取り組みで感じたのは、契約書の力は想像以上に大きいということです。
「契約書を読みやすくする」
「契約書を見える場所に置く」
「契約書をみんなで読んでみる」
それだけで、社員の動き方が変わり、会社の雰囲気が変わります。
- 営業提案がスムーズになる
- お客様とのトラブルが減る
- 情報の引き継ぎが簡単になる
- 新人教育の材料にもなる
契約書が“ただの書類”ではなく、「お客様との信頼の記録」として使えるようになるのです。
さいごに
契約書というと、どうしても「難しい」「読むのがしんどい」「専門家しか扱えない」といった印象を持たれがちです。
でも実際には、契約書って“会社の歴史そのもの”なのです。
取引先との約束の積み重ね。お金の動きや支払い条件。ちょっとした特例や、そのときどきの判断――。
そういったものが、一つひとつ契約書に残っているともいえます。
そして、それをきちんと整理して社内で共有できるようにすることで、
- 社員が自分で判断できるようになり、業務効率が上がる
- 引き継ぎや事業承継がスムーズになる
- お客様と取引経緯が「見える形」で社内に残る
といった“経営力そのもの”の底上げにもつながっていきます。
私はこれまで、契約書を単なる書類としてではなく、「現場で使える道具」として整え直すお手伝いをしてきました。
その中で感じるのは、どんなに小さな会社でも、契約書を味方につけると、本当に組織が変わるということです。
もし今、
- 契約書が「読みづらい」「整理されていない」と感じている
- 社内に契約の知識が浸透しておらず、属人化している
- 将来のために、契約実務をもっと整備しておきたい
そんなことを少しでも感じていらっしゃるようでしたら、ぜひ一度ご相談ください。
それぞれの会社の現場や業種に合った形で、「わかる・使える・活かせる契約書」を一緒に考えていければと思います。
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最後まで、お読みくださりありがとうございました。
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