ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.契約書を作るとき、何を考えているのか
- 2.契約書は「現在の事実」と「未来の仮説」でできている
- 3.商談どおりに進んでいる間は、契約書の空白に気づかない
- 4.契約書は「未来の事故報告書」を先に書く
- 5.ひな形には「自分の仕事が失敗する未来」が書かれていない
- 6.契約書を作る前に、取引が失敗した場面を想像する
- 7.まとめ|契約書は、失敗した未来から現在を守る
- 🔎 参考記事
1.契約書を作るとき、何を考えているのか
先日、知人から
「契約書を作るとき、何を考えているのですか」
と聞かれました。
そう言われると、意外に答えるのが難しい質問です。
法律を調べている。ひな形から必要な条項を選んでいる。文章のつじつまが合っているか確認している。
もちろん、そうした作業もしています。
しかし、頭の中で一番考えているのは、もう少し先のことです。
「この取引が半年後にうまくいかなくなったとしたら、何が原因だろう」
「クライアントと認識がずれるとしたら、どの部分だろう」
「代金を回収できなくなるとしたら、どのタイミングだろう」
まだ起きていない未来を想像し、そのときに大ケガをしないためのルールを、現在のうちに考えています。
2.契約書は「現在の事実」と「未来の仮説」でできている
契約書には、二つの時間が書かれています。
一つは、現在の取引です。
- 誰が誰に仕事を依頼するのか
- 何を制作するのか
- 報酬はいくらか
- いつまでに納品するのか
これは、商談で決まった事実を正確に言語化する作業です。いわばノンフィクションです。
もう一つは、まだ起きていない未来です。
- 必要な資料が届かなかったらどうするか
- 修正が何度も続いたらどうするか
- 納品後も確認してもらえなかったらどうするか
- 途中でプロジェクトが中止になったら、それまでの作業分をどう精算するか
こちらは、未来の仮説を立て、対応方法を設計する作業です。
少し大げさにいえば、小説やシナリオを書くことに似ています。
ただし、好き勝手に物語を作るわけではありません。
現在の仕事の進め方や過去の経験から、現実に起こりそうな展開を考えるのです。
3.商談どおりに進んでいる間は、契約書の空白に気づかない
起業したばかりの方やフリーランスの方から契約書の相談を受けると、業務内容、報酬、納期までは決まっていることが多いです。
その一方で、「予定どおりに進まなかった場合」の話は、ほとんど決まっていません。
たとえば、デザイナーがロゴを制作する案件で、納品物と金額だけは決まっている。
しかし、提案数や修正回数、返事が来ない場合の扱いは決まっていない。
動画制作で撮影日と納期は決まっているけれど、撮影中止や素材の差し替えに伴う費用は決まっていない。
取引が順調な間は、それでも困りません。契約書の空白が問題になるのは、予定が崩れたときです。
契約書は、商談を凍結保存する文書です。
しかし、商談で話した内容だけを保存しても十分ではありません。
商談時には話題にならなかった「予定が崩れた後の動き方」まで決めておく必要があります。
4.契約書は「未来の事故報告書」を先に書く
事故報告書は、何かが起きた後に作ります。
- 何が起きたのか
- なぜ起きたのか
- どこで判断を誤ったのか
- 何を決めておけば防げたのか
原因を整理し、再発防止策を考えます。契約書作成では、この順番を逆にします。
まず、「この取引は失敗した」と仮定します。そこから原因を想像し、事前に決められることを契約条件へ変換します。
| 失敗した未来 | 事前に決めておく条件 |
|---|---|
| 修正が際限なく続いた | 提案数、修正回数、追加料金 |
| 相手から必要な資料が届かなかった | 協力事項、納期の変更 |
| 納品後も確認してもらえなかった | 検収期間、確認がない場合の扱い |
| 途中で依頼を取りやめられた | 中途解約、作業済み報酬、実費 |
| 制作物を想定外の用途に使われた | 利用目的、使用範囲、著作権 |
これは相手を疑い、契約書で縛るためではありません。
想定外のことが起きたときに、感情的な責任の押しつけ合いをせず、事実と条件に沿って次の行動を決めるためです。
5.ひな形には「自分の仕事が失敗する未来」が書かれていない
一般的なひな形には、一般的な取引条件しか書かれていません。
しかし、起業家、フリーランス、クリエイターの方々の仕事は、一つひとつ進め方が違います。
同じデザイン業務でも、完成品を一度納品して終わる仕事もあれば、クライアントと相談しながら何度も調整する仕事もあります。
同じコンサルティングでも、助言だけを行う場合と、実際の作業や運用まで支援する場合では、負うべき責任が異なります。
付加価値のある仕事ほど、その会社や人にしかない進め方があります。
そして、独自の進め方があれば、独自の失敗の仕方もあります。
市販のひな形が悪いわけではありません。
ひな形は、論点を知るための出発点として役立ちます。
ただし、ひな形には、あなたの利益の出どころも、作業が増える原因も、過去に困ったクライアントの行動も書かれていません。
契約書は、自社のビジネスモデルを外に出す文書です。
自分の仕事を具体的に説明できなければ、本当に必要な契約条件も見えてきません。
6.契約書を作る前に、取引が失敗した場面を想像する
契約書を作る前に、取引が順調に進む場面だけではなく、失敗した場面も想像してみてください。
- この仕事で、最もお金を失いやすいのはどこか
- 予定より作業が増えるとしたら、何が原因か
- 相手との認識がずれそうな言葉は何か
- 途中で終了した場合、どこまで報酬を請求したいのか
そこで出てきた答えを、業務範囲、修正回数、検収、追加料金、中途解約、支払条件などへ変換します。
もちろん、契約書に書いていなくても、民法などの法律上認められる権利はあります。
「書いていなければ何も請求できない」とまではいえません。
ただし、追加料金、修正回数、キャンセル時の精算など、自分の仕事に固有の条件は、あらかじめ合意しておかなければ、後から根拠を示すのが難しくなります。
すべてのリスクを書く必要はありません。
起こりやすさと影響の大きさを考え、「少なくとも、ここだけは決めておく」という線を引くことが大切です。
7.まとめ|契約書は、失敗した未来から現在を守る
契約書作成は、ひな形の空欄を埋める作業ではありません。
現在行われている取引を正確に言語化し、将来どこで予定が崩れそうかを想像し、そのときの動き方を先に決める仕事です。
未来を完全に予測することはできません。
どれだけ分厚い契約書を作っても、すべてのトラブルを防ぐこともできません。
それでも、
「この取引が失敗したとしたら、何が原因だろう」
と一度考えておけば、大ケガにつながりやすいポイントは見えてきます。
良い契約書とは、絶対に失敗しないための文書ではありません。
予定が崩れたときにも、仕事とお金と人間関係に致命傷を負わず、次の判断ができるようにする文書です。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
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