ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.なぜ、修正・追加作業で消耗してしまうのか
- 2.最初に「本件業務」を曖昧にしない
- 3.よくある危ない表現:「甲が指示する業務」
- 4.トラブルの原因は、期待値のズレにある
- 5.Web制作・ライティング・デザインで起きやすいこと
- 6.契約書・仕様書・見積書で業務範囲を固定する
- 7.まとめ:契約書は、フリーランスの働き方を守る道具である
- 🔎 参考記事
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.なぜ、修正・追加作業で消耗してしまうのか
フリーランスやクリエイターの仕事で、よく問題になるのが「修正」と「追加作業」です。
最初は小さな依頼だったはずなのに、気づいたら作業範囲が広がっている。
「ついでにこれもお願いします」と言われる。
「イメージと違うので直してください」と何度も修正を求められる。
しかも、追加費用の話をしにくい。こういう場面は、決して珍しくありません。
特に、Web制作、デザイン、ライティング、動画編集、SNS運用、資料作成など、
成果物のクオリティに主観が入りやすい仕事では起こりやすい問題です。
発注者としては、「少し直してほしい」という感覚かもしれません。
しかし、受注者側から見ると、それは単なる修正ではなく、
実質的には追加制作や仕様変更であることがあります。
ここでズレが起きます。
そして、そのズレが積み重なると、フリーランス側はどんどん消耗していきます。
では、どうすればよいのでしょうか。
ポイントは、契約書の中で「何をする仕事なのか」を最初に明確にしておくことです。
2.最初に「本件業務」を曖昧にしない
フリーランスが契約書を見るとき、報酬額や納期に目が行くのは当然です。
- いくらで受けるのか
- いつまでに納品するのか
- 支払日はいつなのか
これらは、とても大事です。
ただし、それと同じくらい重要なのが、
契約書の冒頭に出てくることが多い「本件業務」「委託業務」「業務内容」の定義です。
ここが曖昧だと、あとから仕事の範囲が広がりやすくなります。
たとえば、契約書に次のような表現があったとします。
乙は、甲の指示に従い、甲が指定する業務を行うものとする。
一見、よくある表現です。しかし、フリーランス側から見ると注意が必要です。
「甲が指定する業務」とだけ書かれていると、
どこまでが今回の契約に含まれるのか分かりません。
最初はWebサイトのトップページデザインだけのつもりだった。
しかし、途中から下層ページ、バナー、文章修正、画像選定まで求められる。
そのときに、「それも甲が指定した業務です」と言われてしまうと、反論しにくくなります。
契約書で大事なのは、抽象的に「仕事をします」と書くことではありません。
- 今回の仕事は、どこからどこまでなのか
- 何を納品すれば完了なのか
- どこから先は追加費用なのか
ここを明確にすることです。
3.よくある危ない表現:「甲が指示する業務」
フリーランス向けの業務委託契約書では、次のような表現に注意が必要です。
| 契約書の表現 | 注意点 |
|---|---|
| 甲が指示する業務 | 業務範囲が広がりやすい |
| 甲が必要と認める業務 | 発注者側の判断に寄りすぎる |
| 本件に付随する一切の業務 | どこまでが付随業務か不明確 |
| 必要な修正対応を行う | 修正回数・修正範囲が曖昧 |
| 甲乙協議のうえ対応する | 協議が整わない場合の扱いが不明確 |
もちろん、こうした表現がすべて問題というわけではありません。
業務の性質上、ある程度柔軟に対応しなければならないこともあります。
発注者と相談しながら進める仕事もあります。
ただ、柔軟さと無制限対応は違います。
ここを分けておかないと、フリーランス側が一方的に負担を抱えることになります。
特に注意したいのは、「付随する一切の業務」という表現です。
「付随する」と言われると、何となく関係がありそうな作業は全部含まれてしまいそうに見えます。
しかし、実務上は、付随業務にも限度があります。
Webデザインを依頼されたからといって、
当然に原稿作成まで含まれるとは限りません。
ライティングを依頼されたからといって、
当然に取材、画像選定、CMS入稿、SNS投稿文作成まで含まれるとは限りません。
契約書では、この線引きが大事です。
4.トラブルの原因は、期待値のズレにある
修正や追加作業のトラブルは、単に相手が悪いから起きるわけではありません。
多くの場合、発注者と受注者の間で、完成イメージや作業量に対する期待値がズレています。
発注者は、フリーランスのポートフォリオ、ブログ、SNS、過去実績などを見て
依頼してくることがあります。
ただ、その実績がどのような条件で作られたものなのかまでは、発注者には見えていません。
たとえば、過去の実績として掲載しているWebサイトは、2か月かけて丁寧に作り込んだものだった。
ところが、今回の依頼では、2週間で同じようなクオリティを求められる。
しかも、素材も原稿も十分にそろっていない。
このような場合、発注者の頭の中には「過去実績と同じレベルのもの」があります。
一方、受注者側から見ると、「その納期と条件では、同じ作り込みは難しい」という現実があります。
ここにギャップが生まれます。
発注者は「このくらいできると思っていた」と考える。
受注者は「その条件ではそこまでできない」と感じる。
このズレが、最後に
「思っていたものと違う」
「クオリティが低い」
「もう少し直してほしい」
という言葉になります。
だからこそ、契約書や仕様書で、最初にゴールイメージを共有しておく必要があります。
契約書は、相手を疑うためのものではありません。
期待値を合わせるためのものです。
5.Web制作・ライティング・デザインで起きやすいこと
たとえば、次のような依頼を受けたとします。
「ホームページのデザインをお願いします」
「記事を1本書いてください」
「チラシを作ってください」
「SNS用の画像をお願いします」
このままでは、かなり曖昧です。
何を、どこまで、どの水準で作ればよいのかが分かりません。
実務では、次のような確認が必要です。
| 項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 成果物 | 何を納品するのか |
| 数量 | 何ページ、何本、何点か |
| 素材 | 写真・ロゴ・原稿は誰が用意するのか |
| 修正 | 無償修正は何回までか |
| 納期 | 初稿、確認、最終納品の日程 |
| 納品形式 | PDF、aiデータ、Word、HTMLなど |
| 範囲外作業 | 追加費用になる作業は何か |
たとえば、ライティングであれば、「記事1本」と言っても、
次の作業が含まれるかどうかで工数は大きく変わります。
- 構成案の作成
- 取材
- 文字起こし
- 画像選定
- SEOキーワード調査
- WordPress入稿
- アイキャッチ画像作成
- SNS告知文作成
これらを全部含めるのか。一部だけなのか。別料金なのか。
ここを決めておかないと、「記事1本」の中身が人によって違ってしまいます。
デザインでも同じです。
- 「チラシ作成」と言っても、文章は支給されるのか
- 写真は支給されるのか
- 地図やQRコード作成は含まれるのか
- 印刷会社への入稿データ作成まで含むのか
このように、仕事の名前だけでは、実際の作業範囲は決まりません。
だからこそ、契約書や見積書で具体化する必要があります。
6.契約書・仕様書・見積書で業務範囲を固定する
フリーランスが修正・追加作業で消耗しないためには、
契約書だけでなく、仕様書や見積書も含めて仕事の範囲を固定することが大切です。
契約書にすべてを細かく書ききる必要はありません。
実務上は、契約書では基本ルールを定め、
具体的な内容は別紙仕様書や見積書で整理する方法が使いやすいです。
条文例1:業務内容を別紙で特定する
第○条(業務内容)
1.甲は乙に対し、別紙仕様書に定める業務(以下「本件業務」といいます。)を委託し、乙はこれを受託します。
2.乙が本契約に基づき行う業務は、別紙仕様書に明記された範囲に限られるものとします。
この条文のポイントは、「別紙仕様書に明記された範囲に限る」としているところです。
これにより、あとから「当然これも含まれるはず」と言われるリスクを減らせます。
条文例2:追加業務は別途合意にする
第○条(追加業務)
1.甲が本件業務の範囲を超える作業、成果物の追加、仕様変更その他の追加対応を希望する場合、
甲乙協議のうえ、作業内容、納期および追加報酬を別途定めるものとします。
2.乙は、当該追加条件について合意が成立するまで、追加業務に着手する義務を負いません。
ここでは、追加作業に入る前に、作業内容、納期、追加報酬を決めることが大切です。
「あとで請求すればよい」と思っていると、実際には請求しにくくなることがあります。
- 先に決める
- 先に伝える
- 先に合意する
これが重要です。
条文例3:修正対応の範囲を決める
修正対応で特に揉めやすいのは、「修正」と「方向性の変更」が混同される場面です。
たとえば、最初に「シンプルで落ち着いたデザイン」として合意していたのに、
初稿提出後に「やっぱり派手でポップな雰囲気にしたい」と言われることがあります。
これは、誤字の修正や色味の微調整とは性質が違います。
実務上は、単なる修正ではなく、方向性の変更に近いものです。
この違いを契約書上も分けておくと、あとから説明しやすくなります。
第○条(修正対応)
乙は、甲から合理的な修正依頼があった場合、成果物の初回提出後○回まで、無償で修正対応を行うものとします。
ただし、当初合意した仕様または本件業務の範囲を超える修正、方向性の大幅な変更、素材・原稿の差替えに伴う追加作業については、別途有償対応とします。
この条文で大事なのは、「何回まで無料か」だけではありません。
- 当初合意した仕様の範囲内での修正なのか
- それとも、方向性そのものを変える追加作業なのか
ここを分けておくことです。
「修正」と言われると、受注者側は断りにくくなります。
しかし、実際には、修正ではなく追加制作に近い場合があります。
その線引きを契約書に置いておくことで、フリーランス側も感情的にならずに説明できます。
「ここまでは無償修正の範囲です」
「ここから先は、当初の仕様を超えるため追加費用になります」
そう言える状態を作っておくことが、修正・追加作業で消耗しないための大事な実務です。
7.まとめ:契約書は、フリーランスの働き方を守る道具である
フリーランスやクリエイターにとって、契約書は堅苦しい書類ではありません。
- 自分の働き方を守るため
- 相手との期待値を合わせるため
- 安心して仕事に集中するため
のツールです。
とりわけ、重要なのは、「本件業務」の定義です。
報酬、納期、著作権、秘密保持ももちろん大事です。
ただ、その前に、そもそも何をする契約なのかが曖昧であれば、仕事全体が不安定になります。
「甲が指示する業務」
「本件に付随する一切の業務」
「必要な修正対応」
こうした言葉を見たら、一度立ち止まってください。
- その仕事は、どこまでか
- 何を納品すれば完了か
- 何回まで修正する必要があるか
- どこから先、追加費用が発生するか
- 相手が求めているクオリティと、自分が提供できる条件は合っているか
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
フリーランスにとっては、自分の仕事の輪郭をはっきりさせる道具でもあります。
曖昧なまま受けると、あとから苦しくなります。
しかし、最初に整理しておけば、相手にとっても安心です。
「ここまでなら責任を持ってできます」
「ここから先は追加で相談しましょう」
そう言える状態を作ること。
それが、フリーランスやクリエーターの皆さんが消耗しないための契約書実務です。

【音声解説】
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▽ 音声はこちら(stand.fm)
🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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