ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.取引の主導権は、いつ相手へ渡ってしまうのか
以前、世界を舞台に活動する、ある音楽家のインタビュー記事を読みました。
海外で仕事をする音楽家の場合、国や地域ごとにマネージャーやエージェントがいて、仕事の依頼や契約をサポートしてもらうことがあるようです。
しかし、その音楽家は、契約形態がどうであっても、最終的な決定権は自分にあるという考えを持っていました。
マネージャーやエージェントへすべてを任せるのではなく、自らアンテナを張り、主体性を持って仕事を選ぶというのです。
この記事を読んで、「なるほどな」と深く共感しました。
この話は、音楽家やクリエイターだけに当てはまるものではありません。
すべての企業、そしてすべての契約について、まったく同じことが言えます。
取引の主導権は、価格交渉で負けたときや、契約書へハンコを押したときに初めて失われるわけではありません。
「契約書は、そちらで用意してください」
そう伝えた時点で、取引条件を考え、最初に提示する役割を相手へ渡しているのです。
2.契約書を先に出した側が、取引の初期設定を置く
契約書を先に提示することは、単なる事務手続ではありません。
支払時期、業務範囲、検収方法、追加料金、責任範囲、契約期間、解約条件などについて、
「今回の取引は、まずこの条件から話を始めましょう」
と、取引の初期設定を置く行為です。
もちろん、契約書を先に出せば、すべての条件がそのまま通るという話ではありません。
相手から修正を求められることもありますし、お互いに譲歩しなければ契約が成立しないこともあります。
それでも、自社の契約書を先に出せば、自社の希望条件を出発点として交渉できます。
一方、相手から出された契約書を使う場合は、相手にとって都合のよい条件を一つずつ探し、自社に不利な部分について修正をお願いしなければなりません。
この差は、実務上かなり大きなものです。
3.価格は自分で決めたのに、取引条件は相手任せ
よく、
「契約書は相手が作ってきてくれるから、それにハンコを押せばいいよ」
とおっしゃる方がいます。
しかし、そこに主体性はあるでしょうか。
例えば、自社で「この仕事は100万円です」と価格を決めたとします。
ところが、契約書は相手が作ったものを、そのまま受け入れてしまいました。
そこに例えば次のような条件が書かれていたら、どうでしょうか。
- 代金は検収完了後90日以内に支払う
- 追加修正にも無償で対応する
- 検収期限は設けない
- 納品後の保証期間に上限はない
- 損害賠償責任に上限を設けない
- 発注者はいつでも一方的に解約できる
見積書の金額は100万円でも、追加作業が積み重なり、入金が遅れ、大きな責任まで負わされたら、会社に残る利益はどんどん減っていきます。
価格は自分で決めたつもりでも、実際の儲け方は相手に決められている。
これでは、完全に相手の土俵で相撲を取らされている状態です。
4.契約条件は、表から見えない「もう一つの価格」である
商品の価格は、見積書に書かれた数字だけでは決まりません。
支払時期が遅ければ、それだけ長く資金を立て替えることになります。
追加作業が無償なら、人件費や外注費が増えます。
検収が終わらなければ、いつまでも請求できません。
責任範囲が広ければ、そのリスクへ備える費用も必要です。
つまり、契約条件とは、表から見えない「もう一つの価格」なのです。
私は、商品やサービスの価格を自分で決める権利を「価格決定権」と呼ぶのと同じように、取引条件を自分から提示する権利を「契約条件提示権」と呼んでいます。
ビジネスにおいて非常に大切な考え方だと思っています。
「この価格で売る代わりに、契約条件はこうさせてください」
価格と契約条件は、ビジネスの両輪です。
価格決定権だけを握っても、契約条件を相手に決められてしまえば、本当の意味で値決めをしたことにはなりません。
5.同じ100万円でも、契約条件によって利益は変わる
同じ100万円の仕事でも、自社から条件を提示する場合と、相手任せにする場合とでは、実際に残る利益と背負うリスクが変わります。
| 項目 | 自社から提示する条件 | 相手任せにした場合 |
|---|---|---|
| 支払い | 着手時50%・納品時50% | 検収完了後90日 |
| 追加作業 | 別途見積り | 原則として無償 |
| 検収 | 納品後7日・みなし検収あり | 期限の定めなし |
| 保証 | 納品後3か月・対象を限定 | 期間・範囲とも不明確 |
| 損害賠償 | 契約金額を上限 | 上限なし |
| 中途解約 | 進捗分と発生費用を精算 | 発注者は無償で解約可能 |
契約条件を自分から示すことは、相手に厳しい条件を押しつけることではありません。
この価格は、どの業務を、どこまで行い、どの程度の責任を負うことを前提としているのか。
その境界線を最初に明らかにすることです。
むしろ、取引開始前に条件を明確にしたほうが、お互いに安心して仕事を始められます。
6.見積書と一緒に、自社の契約書を出す
契約を人任せにしないためには、まず自社のオリジナルひな形を用意する必要があります。
実務では、次の順序で整えていきます。
- 自社が望む標準的な取引条件を決める
- その条件を反映した契約書のひな形をつくる
- 見積書と契約書を、できるだけ同じ時期に提示する
- 絶対に譲れない条件と、交渉できる条件を分ける
- 条件を設けた理由を、営業担当者が説明できるようにする
契約直前になって突然契約書を出すと、相手から見れば「後から条件を追加された」と感じることがあります。
そのため、見積書を提示する段階で、
「この金額は、当社の標準契約条件を前提としています」
と伝えておくことが大切です。
また、大企業などから「当社の契約書を使ってください」と指定されることもあります。
その場合も、言われるままハンコを押すのではなく、自社の標準条件と照らし合わせ、どこが違うのかを確認します。
自社のひな形は、相手へ提示するためだけのものではありません。
相手の契約書をチェックする際の「自社の基準」としても役立ちます。
7.まとめ|自分の商売の初期設定は、自分で決める
音楽家がマネージャーやエージェントへすべてを任せず、最終的な決定権を自分で握るのと同じように、企業もクリエイターも、自分の商売を人任せにしてはいけません。
- 自分の商売はこういうものです
- こういう価格で、こういう範囲の仕事をし、責任はここまで負います
それを自分で考え、契約書にして、相手へ提示する必要があります。
会社の業績を上げ、社員の給料を上げていくためには、売上だけでなく、利益を会社に残さなければなりません。
その利益を守るために、契約書は極めて重要なツールとなります。
価格を自分で決める「価格決定権」と、取引条件を自分から示す「契約条件提示権」。
この二つをうまく使いこなしてこそ、ビジネスの主導権を握ることができます。
契約書を先に出すという行為は、単に書類を用意することではありません。
自分の商売の初期設定を、自分で決めることなのです。

【音声解説】
本記事の内容は、
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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