ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「買います」と言われたのに、契約書で止まるのはなぜか
商談はうまくいった。商品やサービスの良さも十分に伝わり、お客さんから「ぜひお願いしたい」と言ってもらえた。
ところが、最後に契約書を差し出したところで、話が止まってしまうことがあります。
「第13条では、損害賠償の限度額が設定されていますが、これはなぜですか?」
このような質問を突然受けると、現場の営業担当者はドギマギしてしまいがちです。
目先の数字が気になりますから、「もしかして、ここで下手を打ったら受注できなくなるのではないか」と焦り、あれはどうだ、これはどうだとマゴマゴしてしまう。こうしたお悩み相談を、私は企業様からよく受けます。
ひと昔前であれば、契約書を渡して「とりあえず、ここにハンコを押しておいてもらえますか?」で済んだかもしれません。
しかし、そのような時代は、もう終わりつつあります。
2.契約書への質問は「最後の商談」である
先に結論を整理しておくと、お客さんから契約書について質問されたからといって、それが直ちに失注のサインというわけではありません。
お客さんは、決してイチャモンをつけているわけではなく、素朴な疑問が言葉になっていることが多いのです。
商品やサービスには魅力を感じている。
あとは、この会社を信頼して契約してよいのか、自分にとって一方的に不利な条件が隠れていないかを、素朴な疑問として確認しているにすぎません。
つまり、契約書への質問は、お客さんが契約へ進むために行っている「最後の商談」なのです。
営業活動は、商品やサービスの良さをアピールし、「買います」と言わせたところで終わりではありません。
その後に提示する契約書の内容を不安なく論理的に説明し、納得してハンコを押してもらう。そこまでが、本当のクロージングです。
3.質問された瞬間、営業担当者が守りに入ってしまう
契約書について質問されると、営業担当者は「条件に文句を言われた」「このままでは契約が流れてしまう」と、つい守りに入ってしまいます。
そして、自信のないまま曖昧な説明を始めてしまう。
しかし、マゴマゴした説明を聞いたお客さんは、契約条件そのものよりも、営業担当者の態度に不安を感じます。
「何か騙されているのではないか」
「この会社には、契約条件を設定した理由がないのではないか」
「問題が起きたときも、きちんと対応してもらえないのではないか」
このような疑念が生まれれば、せっかく順調に進んでいた商談も、最後の最後で逃げられてしまいます。
もちろん、その場ですべての質問へ答える必要はありません。分からないときは、
「私が曖昧にお答えして間違えてしまうといけませんので、社内の専門部署に確認したうえで、きちんと回答いたします」
と堂々と伝えればよいのです。
分からないことよりも、分からないのに取り繕うことのほうが、よほど危険です。
4.顧客が知りたいのは、法律用語の意味ではない
お客さんが本当に知りたいのは、「損害賠償とは何か」「契約不適合責任とは何か」といった法律用語の説明だけではありません。
知りたいのは、
「なぜ、御社はこの条件でなければ契約できないのですか?」
という会社としての理由です。
契約書に書かれている条件には、本来、その会社なりの理由があります。
価格設定、利益構造、サービスの提供範囲、アフターサービスの限界、想定しているリスクなどが組み合わさり、最終的な契約条件が決まっています。
金額と契約条件は、密接にリンクしているのです。
したがって、営業担当者にとって「契約書は自分には関係のない世界」ということはありません。
契約書は、法務担当者だけが管理する文書ではなく、会社の営業方針や経営方針そのものなのです。
5.損害賠償の上限は「価格の裏側」を説明する場面
例えば、お客さんから次のように聞かれたとします。
「なぜ、御社の損害賠償責任は、月額利用料金の1か月分までに限定されているのですか?」
このとき、「契約書にそう書いてあるからです」では、もちろん説明になりません。
次のように説明する必要があります。
「当社としても、損害が生じた場合には、それ相応の責任を負う必要があると考えています。一方で、現在の価格でサービスをご提供するためには、一定のリスクをお客さまにも分担していただく必要があります。もし損害賠償責任を無制限とする場合には、当社も相応の保険へ加入する必要があり、その保険料をサービス価格へ上乗せせざるを得ません。そのため、現在の価格とサービス内容を維持する条件として、損害賠償の上限を設定しています」
ここまで説明できれば、単に会社が責任を逃れたくて制限しているのではなく、価格とリスク分担をセットで設計していることが伝わります。
契約書の説明とは、法律用語をかみ砕くことだけではありません。
その商品の価格が、どのような前提で成り立っているのかを説明することでもあるのです。
6.対応策|営業担当者用の「契約トークスクリプト」をつくる
とはいえ、営業担当者個人の努力だけに任せるのは酷です。
会社として、よく質問される条項と、その理由をあらかじめ整理しておく必要があります。
| よくある質問 | 営業担当者が説明する内容 |
|---|---|
| なぜ前払いなのか | 着手時に材料費や外注費が発生するため |
| なぜ損害賠償に上限があるのか | 現在の価格とリスク分担を維持するため |
| なぜ途中解約できないのか | 人員や作業日程を先に確保するため |
| なぜ追加作業は別料金なのか | 当初の料金は合意した業務範囲を前提としているため |
| なぜ再委託できるのか | 外部の専門家と連携してサービスを提供するため |
重要なのは、「ここまでは自分で説明する」「ここから先は法務や専門家へ確認する」という線引きを決め、現場で即答できない場合の連絡ルートまで整えておくことです。
また、経営層が「利幅の高いビジネスをつくろう」としているのに、現場では「とにかく件数を上げろ」と号令がかかっていると、契約条件の説明もチグハグになります。
利幅を守る契約書と、とにかく売るための営業方針では、目指している方向が違います。
営業担当者が説明に困っているとしたら、個人の知識不足ではなく、経営層と現場の方針がズレていないかも疑ってみる必要があります。
7.まとめ|「納得して契約する」までが営業である
これからは、お客さんから「第1条と第5条と第7条、それから第13条について教えてください」と質問されることも、決して珍しくなくなるでしょう。
契約書の重要性について認識が高まりつつあり、「契約書はきちんと読まなければならない」という意識が高まっています。
こうした中で、契約書への質問を面倒なものとして扱ってはいけません。
お客さんが質問してくれるということは、まだ契約を検討しているということです。
そこで自信を持って説明できれば、むしろ会社への信頼を高める機会になります。
商品やサービスの良さを伝え、「買います」と言ってもらう。
そして、契約条件の理由まできちんと説明し、安心してハンコを押してもらう。
契約書への質問は、失注のサインではありません。
会社の考え方を伝え、お客さんとの認識をそろえ、納得して取引を始めるための「最後の商談」なのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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