ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.専門家から届いた契約書を、自分で説明できますか
契約書を実際の商談で使うのは、作成した専門家ではありません。
経営者や営業担当者など、取引相手の前に立つ人です。
その方が「なぜこの条文が必要なのか」を自分の言葉で説明できて、初めて契約書は使える状態になります。
先日、あるお客様の契約書を作成しました。
契約書を作る前には、
「今までどのような嫌な思いをしてきましたか」
「どのようなトラブルを避けたいですか」
と、取引の実情を一つずつお聞きしました。
そして完成した契約書をお渡しする際に、
「ヒアリングで伺った問題を、第9条のこの文言へ反映しました」
「この条件には、こういうリスクを避ける意図があります」
と説明しました。
すると、お客様から次のように言っていただきました。
「今まで、お客さんから契約書について突っ込まれると何も答えられなかった。でも、大森さんの説明で考え方が分かったので、これなら自分でも相手に説明できます」
私にとっては、契約書の内容を説明しただけでした。しかし、この言葉を聞いて改めて気づきました。
契約書作成の本当の成果物は、完成した文書だけではないのです。
2.契約書は説明できて初めて完成する
契約書は、専門家ではなくご自身が使うものです。
専門家が商談のたびに同席し、すべての質問に答えるわけではありません。
相手から条文について突っ込まれたとき、一次対応するのは経営者や営業担当者です。
その場で何も説明できなければ、
「専門家が作った条文なので」
「一般的なひな形に書いてあったので」
と答えることになります。
これでは、相手も納得しません。
一方、条文の背景を理解していれば、
「この条件は、当社が安定して業務を提供するために必要です」
などと、ご自身の言葉で自信を持って説明できます。
契約書の納品とは、Wordファイルを渡すことではありません。
条文に込めた判断軸を依頼者へ引き渡すことと考えています。
3.「専門家が入れたので」で商談が止まる
- 相手から、損害賠償の上限を外してほしいと言われた。理由を説明できず、そのまま削除してしまった
- 修正回数を制限する条項について質問された。「よく分からないので持ち帰ります」と答えたまま、商談が進まなくなった
- 著作権条項を変更してほしいと言われ、影響が分からないまま承諾してしまった
こうした事態が起きるのは、法律知識が足りないからだけではありません。
自社がなぜその条件を必要としているのか、ビジネス上の理由を整理できていないことが原因です。
すべての法律問題に即答する必要はありません。
しかし、自社の価格、業務範囲、働き方、責任範囲については、自社で説明できなければなりません。
4.条文には、経営判断が圧縮されている
たとえば、契約書に損害賠償の上限を設けるとします。
これは単に「自社が損をしたくないから」入れるものではありません。
受け取る報酬、業務の利益率、想定されるリスク、加入している保険、取引の規模などを踏まえて、
「この価格で引き受けられる責任は、ここまでです」
という線を引いています。
修正回数、検収期間、支払期限、著作権、解約条件なども同じです。
契約条項は法律用語の集まりに見えますが、その中には、価格の理由、仕事の進め方、責任を負える限界といった経営判断が圧縮されています。
だからこそ、契約書の中身を説明することは、自社の仕事を説明することでもあるのです。
5.損害賠償の上限を外してほしいと言われたら
相手から「損害賠償の上限を外し、無制限にしてほしい」と求められたケースを考えてみます。
| 商談での返答 | 相手に与える印象 |
|---|---|
| 「専門家が入れた条文なので分かりません」 | 自社で契約内容を理解していない |
| 「一般的な契約書には入っています」 | 自社の取引との関係が分からない |
| 「自社を守るためです」 | 相手へリスクを押し付けているように見える |
| 「この報酬額で安定してサービスを提供するため、引き受ける責任にも一定の範囲を設けています」 | 価格と責任の関係を説明している |
責任を無制限にするなら、報酬、業務範囲、保険なども含めて見直す必要があるかもしれません。
「上限を外すことはできません」と感情的に拒絶するのではなく、「無制限の責任を求められる場合は、見積条件から再検討させてください」と返せば、商談として成立します。
契約書の条文が、価格交渉の根拠になるわけです。
6.契約書を商談用の想定問答集へ変える
専門家から契約書を受け取ったら、条文を読むだけで終わらせず、重要な条件について質問してください。
「この条文は、どのようなトラブルを想定していますか」
「相手から削除を求められたら、どう説明すればよいですか」
「どこまでなら譲歩できますか」
「変更すると、自社にはどのような影響がありますか」
「どの質問が出たら、専門家へ持ち帰るべきですか」
こうした質問を重ねると、契約書が商談用の想定問答集に変わっていきます。
「今回の業務では、具体的にこういう対応を想定しています」「このケースまで含まれるかは専門家へ確認します」と、説明できる範囲と持ち帰る範囲を分ければよいのです。
本当に商談に強い人は、何でも即答する人ではありません。
自分で答えることと、専門家へ確認することを切り分けられる人です。
7.まとめ|契約書の納品とは、判断軸を引き渡すことである
契約書作成の目的は、立派な法律文書を保管することではありません。
経営者や営業担当者が契約条件を理解し、相手へ説明し、譲れる条件と譲れない条件を判断できるようにすることです。
契約書は、自社を守るためだけのルールブックでもありません。
自社がしかるべきリスクの範囲内で快適に仕事をし、相手へ最大限のパフォーマンスを提供するための土台です。
そのためには、なぜその条件が必要なのかを、自分たちで説明できなければなりません。
専門家が契約書を作り、依頼者へ渡して終わりではない。
条文に込められた意図と判断軸まで引き渡し、自分の言葉で説明できるようになって、初めて契約書は完成するものと考えています。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
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