ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.売上と利益率だけを見ていませんか
起業家、フリーランス、クリエイターの方々にとって、お客様から直接仕事を受注できるようになることは、一つの成長と感じる瞬間なのではないでしょうか。
元請会社や制作会社を通さないため、自分の名前で仕事ができます。
お客様の反応も直接分かりますし、条件次第では利益率も上がるでしょう。
しかし、ここで忘れてはいけないことがあります。
元請会社を通さなくなると、中間マージンがなくなるだけではありません。
これまで元請会社が担っていた顧客対応、条件調整、検収、クレーム対応、代金回収なども、自分で引き受けることになります。
直請になるとは、売上と一緒に「責任」も自社へ取り込むことなのです。
起業したばかりの頃は、別の会社から仕事を受けるところから始まることが少なくありません。たとえば、
- 広告代理店からデザイン業務を受ける
- 制作会社からWebサイトの一部を任される
- コンサルティング会社から資料作成や調査を頼まれる
- 元請会社からイベントの撮影や動画編集を依頼される。
ところが、実績や人脈が増えてくると、少しずつ状況が変わります。
「今度は直接お願いできますか」
お客様から、そんな相談が来るようになります。
事業者にとっては、うれしい瞬間です。
ただし、見積金額と利益率だけを見て、「今までより条件のよい仕事だ」と判断するのは早いかもしれません。
直接取引では、これまで見えなかった仕事まで自分たちの側へ移ってくるからです。
2.直請けになるとは、責任を内製化することである
お客様から直接仕事を取るということは、単に間に入っていた会社を外すことではありません。
これまで元請会社が担当していた取引上の役割を、自分たちで担うということです。
- お客様の要望を聞き
- 業務範囲を決め
- 金額を提示する
- 納期を調整し、何をもって完成とするかを決める
- 納品後に修正依頼やクレームがあれば、自分たちが窓口になる
- 請求書を発行し、入金がなければ自分たちで確認する
直請けになれば、利益が増える可能性があります。
その一方で、判断すること、説明すること、責任を負うことも増えます。
私は、これを「責任の内製化」と捉えています。
3.売上は増えたのに、なぜか仕事が苦しくなる
直請を始めた方からは、次のような相談をよく受けます。
「修正は少しだけだと思っていたのに、何度もやり直しを求められた」
「納品したのに、いつまでたっても確認してもらえず、請求書を出せない」
「担当者からは了承を得たはずなのに、経営者から全部作り直してほしいと言われた」
「外注した部分でミスがあり、お客様への謝罪や無償対応を自分がすることになった」
下請として仕事をしていた頃にも、納期や品質に関する責任はあります。
下請だから責任を負わなくてよいわけではありません。
ただ、最終顧客との契約や要望の整理、クレーム対応の窓口を、元請会社が担っていることは少なくありません。
そのため、下請側には最終顧客の不満や社内事情が直接見えていないこともあります。
直請になると、その間にあったクッションがなくなります。
今まで元請会社が受け止めていた曖昧な要望や感情的な反応が、そのまま自分たちへ届くようになるのです。
4.元請会社は、仕事を流すだけの存在ではない
元請会社を見ると、「仕事を右から左へ流して、中間マージンを取っているだけ」に見えることがあります。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
元請会社は、お客様の漠然とした希望を、具体的な作業へ翻訳しています。
予算と納期を調整し、複数の外注先へ仕事を割り振り、成果物を一つにまとめます。
納品後に問題が起きれば、お客様への説明や謝罪も行います。
直請けになれば、こうした調整機能も自分たちで持たなければなりません。
| 確認項目 | 元請会社から受注 | お客様から直接受注 |
|---|---|---|
| 要望の整理 | 元請が整理した内容を受け取ることが多い | 自分で聞き取り、業務範囲を決める |
| 見積り・条件設定 | 提示された条件を検討する | 自分で価格と条件を設計する |
| 検収・クレーム | 元請を経由することが多い | お客様へ直接対応する |
| 代金回収 | 元請へ請求する | お客様へ請求し、自分で回収する |
| 外注先の管理 | 担当範囲が限定されやすい | 自分の責任で選定・発注する |
直請では、制作やサービス提供の技術だけでなく、「取引全体を運営する力」が求められます。
その運営ルールを外に出したものが契約書です。
5.Web制作を直接受注すると、二つの契約が必要になる
これまで制作会社からWebデザインだけを受託していたフリーランスが、ある企業からWebサイト全体を直接受注したとします。
この場合、お客様との間では、
- 制作するページ数
- 素材を用意する人
- 修正回数
- 納期
- 検収
- 報酬
- サーバー管理
- 公開後の保守、著作権
などを決める必要があります。
さらに、コーディングや写真撮影を別のクリエイターへ依頼するなら、外注先との契約も必要です。
ここで重要なのは、二つの契約をバラバラに作らないことです。
お客様には「9月30日までに納品します」と約束しているのに、外注先の納期も9月30日では間に合いません。
お客様へ著作権を譲渡する契約なのに、外注先から必要な権利を取得できていなければ、その約束を果たせない可能性があります。
お客様との契約で引き受けた責任を、どのように外注先との契約へつなぐのか。
直請では、この前後の設計まで考える必要があります。
6.ひな形を探す前に、責任の流れを整理する
直請を始めるとき、すぐに「業務委託契約書のひな形」を探したくなるかもしれません。
しかし、その前に確認していただきたいことがあります。
- 自分たちは、どこからどこまでを商品として提供するのか
- お客様は何を準備するのか
- どの状態になれば仕事は完了するのか
- 追加作業が発生したら、誰が判断し、いくらで対応するのか
- 外注先がミスをした場合、お客様に対する責任をどう処理するのか
- いつ請求書を発行でき、いつ入金されるのか。
これらを整理してから契約書を作ります。
契約書は、商談を飛ばすためのものではありません。
商談で決めた業務範囲、役割、責任、お金の流れを凍結保存する文書です。
直請になったばかりの時期ほど、契約書を法的に立派に見せることよりも、「自分たちはどのように仕事を完成させ、現金化するのか」を明確にすることが重要です。
7.まとめ|契約書が必要になるのは、事業の景色が変わったとき
お客様から直接仕事を取れるようになることは、事業が成長した証拠です。
ただし、増えるのは売上だけではありません。顧客との調整、検収、クレーム、代金回収、外注先の管理といった責任も増えます。
契約書が必要になるのは、トラブルが起きた後ではありません。
これまで元請会社が担っていた役割を、自分たちで引き受けるようになったときです。
「最近、直接依頼される仕事が増えてきた」
そう感じたら、契約書を用意するタイミングかもしれません。
顧客との契約だけでなく、外注先への発注、納品、検収、請求、入金までを一つの流れとして見直してみてください。
直請になるとは、自分の仕事に値段を付けることだけではありません。
自分の仕事に、どこまで責任を持つのかを決めることでもあるのです。

🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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