ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「報酬100万円」は、本当に100万円の仕事なのか
クリエイターやフリーランスの皆さんから契約書のご相談を受けていると、どうしても最初に「報酬はいくらか」に目が向きます。
もちろん、報酬額は重要です。しかし、私が契約書を確認するときは、金額だけではなく、その周辺に書かれている条件を見ます。
例えば、次のような内容です。
| 契約条件 | 報酬が目減りする場面 |
|---|---|
| 経費の負担 | 交通費、材料費、撮影費などを自己負担する |
| 業務範囲 | 当初の依頼にない追加作業まで求められる |
| 修正回数 | 回数や範囲が決まっておらず、何度も無償対応する |
| キャンセル | 直前に中止されても報酬が支払われない |
| 著作権 | 作品の権利を追加報酬なしで譲渡する |
| 支払時期 | 入金まで数か月待たされ、資金繰りが苦しくなる |
見積書や契約書に「報酬100万円」と書かれていても、10万円の経費を自己負担し、追加修正に10万円分の時間を取られ、さらに権利譲渡まで求められれば、その仕事の実質的な価値は100万円ではありません。
帳面の上では100万円を売り上げているのに、実際にはほとんど利益が残っていない、ということが起こるからです。
2.報酬は「金額」ではなく「条件との組み合わせ」で決まる
クリエイターの仕事では、目に見える商品だけを納めるとは限りません。
絵やデザイン、文章、映像、音楽などを制作するためには、打ち合わせ、下調べ、移動、練習、修正、データの管理など、外からは見えにくい時間と費用がかかっています。
ところが、契約書に業務範囲がきちんと書かれていなければ、発注者から次々にお願いが加わります。
「このくらいは基本料金に入っていますよね」
「少し直すだけなので、追加料金はかかりませんよね」
「宣伝に使う写真も、ご本人で用意してください」
一つ一つは小さな負担に見えるかもしれません。
しかし、これが積み重なると、報酬はどんどん目減りしていきます。
ですから、報酬額を見るときは、同時に次のことも確認しなければなりません。
- この金額で、どこからどこまでやるのか
- 仕事のために発生する費用は、誰が負担するのか
- 追加作業や修正には、別途料金が発生するのか
- 完成した作品の権利は、誰に残るのか
これらが決まって初めて、本当の報酬額が見えてきます。
3.契約書は、ビジネス上の「共通言語」である
結局のところ、契約書はビジネス上の「共通言語」なのです。
発注者と、それを受けるフリーランスやクリエイターの間の共通言語です。
発注者側は、その共通言語をよく知っています。
法務部門や顧問弁護士が作った、自分たちに都合のよい契約書を提示してくることもあります。
それに対して、内容を十分に理解しないままハンコを押してしまえば、後から不利な条件に気づいても、簡単には覆せません。
「契約書」と聞くと、英語のように難しく感じるかもしれません。
しかし、ビジネスを行う以上、この共通言語を避けて通ることはできません。
知っているか、知らないかだけの違いです。
例えば、「本件業務に必要な一切の費用は受託者の負担とする」と書かれていれば、交通費や材料費、外注費まで自分で負担する可能性があります。
「成果物に関する一切の権利は、発注者に帰属する」と書かれていれば、自分が作った作品であっても、自由に実績として紹介できない場合があります。
契約書上の短い一文が、最終的に手元へ残る利益を大きく変えてしまうのです。
4.「100万円のはずが70万円」に変わるまで
例えば、口頭で「100万円でデザインをお願いします」と言われ、仕事を引き受けたとします。
契約は、法律上、口約束でも成立します。
「このデザインをお願いします」という申込みと、「分かりました。引き受けます」という承諾があれば、契約そのものは成立しているのです。
しかし、契約が成立していることと、契約書を作成することは別の概念です。
書面がなければ、後になって次のようなことを言われるかもしれません。
「イメージしていたものと違うので、もう一度やり直してください」
「修正も報酬に含まれていると思っていました」
「交通費や撮影費は、そちらで負担してください」
「最終的に気に入らなかったので、70万円なら払います」
クリエイター側は「100万円で発注されたはずです」と主張します。発注者側は「完成度によって金額は変わると伝えたはずです」と反論します。
こうなると、「言った、言わない」の世界です。
5.フリーランス法があっても、契約知識は必要になる
フリーランス法は2024年11月1日に施行されました。対象となる業務委託では、業務内容、報酬額、支払期日などの取引条件を、書面またはメールなどの電磁的方法で明示することが求められています。
これは、クリエイターやフリーランスを守る上で大きな前進です。
ただし、法律ができたからといって、契約内容を確認しなくても自動的に守ってもらえるわけではありません。
書面が交付されても、そこに不利な条件が書かれていることはあります。
また、「条件が書いてあること」と、「その条件が自分の仕事に見合っていること」も別の問題です。
だからこそ、自分自身でも契約書という共通言語を学び、条件の意味を理解する必要があります。
6.契約前に確認したい6つのこと
クリエイターやフリーランスの皆さんには、契約前に少なくとも次の6点を確認していただきたいと思います。
- 報酬はいくらで、消費税を含むのか
- どこまでが基本の業務範囲なのか
- 修正は何回まで含まれるのか
- 交通費、材料費、撮影費などは誰が負担するのか
- キャンセルされた場合に、どこまで報酬が支払われるのか
- 著作権は誰に帰属し、実績として公表できるのか
曖昧な点があれば、仕事を始める前に質問してください。
契約書の修正までできなくても、「この条文はどういう意味ですか」「この費用は誰が負担しますか」と確認することはできます。
質問することは、決して”生意気”なことではありません。
お互いの認識を合わせ、仕事を最後まで気持ちよく進めるために必要なコミュニケーションです。
7.まとめ|守るべきものは、売上ではなく「仕事の利益」
会社員として働きながら副業をする人、個人でデザインや文章、動画制作を請け負う人など、誰もが自分の名前でビジネスをする時代になりました。
これは、ある意味で「契約の民主化」です。
だからこそ、一部の法務担当者だけではなく、仕事を受ける一人ひとりが契約の知識を持たなければなりません。
報酬額が高く見えても、経費負担、無償修正、キャンセル、権利譲渡などの条件によって、手元に残る金額は変わります。
契約書が守るのは、単なる売上金額ではありません。
その仕事にかけた時間、費用、技術、そして最終的に自分の手元へ残る「利益」です。
「報酬はいくらですか」だけで終わらせず、「その報酬で、どの条件まで引き受けるのか」を確認する。
それが、クリエイターとして仕事を長く続けていくための、契約の第一歩なのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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