ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.声の大きいお客様だけ、特別扱いしていませんか
契約書を作成したお客様に、半年ほど経ってから
「その後、契約書の使い勝手はいかがですか」
とご連絡することがあります。
先日、一般消費者向けのビジネスをされているお客様から、うれしいご報告をいただきました。
以前は、声の大きなクレーマーのような顧客から強く要求されると、その場を収めるために要求を受け入れていたそうです。
同じサービスを提供しているのに、ある顧客には返金し、別の顧客には返金しない。
担当者によっても対応が変わる。
ケース・バイ・ケースの対応が積み重なり、現場も疲弊していました。
ところが、契約書を整備し、その内容に沿った対応を徹底したところ、声の大きさに左右されない一律の基準ができました。
結果として、顧客同士の不公平感が減り、業績もよくなってきたというのです。
2.契約書は、顧客対応の基準をそろえる
世の中には、本当にいろいろな人がいます。
同じ商品を見ても、「十分きれいだ」と思う人もいれば、「小さな傷があるから不良品だ」と考える人もいます。
同じサービスを受けても、「ここまでやってもらえれば満足」という人と、「もっとやってもらえると思っていた」という人がいます。
どちらかが悪いとは限りません。単純に、持っている常識や期待値が違うのです。
だからこそ、取引を始める前に、業務範囲、品質、納期、修正、キャンセル、返金などの基準を言葉にしておく必要があります。
契約書があれば、問題が起きたときに、その場の感情や担当者の経験だけで判断せず、
「最初に合意した基準ではどうなっているか」
に立ち返れます。
3.「きれいに」「ちゃんと」がトラブルを生む
日常会話では、曖昧な言葉をたくさん使います。
「きれいに仕上げます」
「なるべく早く対応します」
「最後までちゃんとサポートします」
会話としては自然です。
しかし、お金の発生する取引条件として見ると、かなり危うい表現です。
- 「きれい」の基準は誰が決めるのでしょうか
- 「なるべく早く」とは当日でしょうか、それとも1週間以内でしょうか
- 「ちゃんとサポート」には、電話対応や無償の再作業まで含まれるのでしょうか
取引が順調な間は、多少曖昧でも問題になりません。
問題が起きた瞬間に、お互いが自分に都合のよい意味で言葉を読み始めます。
曖昧な言葉は、トラブル時に急に表情を変えるのです。
4.契約書は、合意を「凍結保存」する
契約書は、小説のように人を感動させる文章ではありません。
新聞のように出来事を伝える文章とも違います。
取引を始める時点で、誰が、誰に、何を、いつまでに、どの品質で提供し、いくら支払うのか。
問題が起きたら、誰がどこまで対応するのか。
その時点で当事者が共有している前提や合意内容を、言葉にして凍結保存する文書です。
半年後に担当者が変わっても、相手の記憶が薄れても、契約書を読めば当初の合意へ戻れます。
この意味で、契約書は顧客対応の設計図であり、バックオフィスの設計図でもあります。
現場担当者が迷ったときに、「このお客様だけ特別扱いするのか」ではなく、「会社として決めた基準は何か」を確認できるからです。
5.「きれいな商品」を事実へ置き換える
契約書に例えば
「売主は、買主に対し、きれいな商品を納入する」
と書いてあったとします。
売主がきれいだと思っても、買主が「1ミリの傷があるから、きれいではない」と言えば、認識がぶつかります。
そこで、契約書や仕様書では、形容詞や副詞を、第三者でも確認できる事実へ置き換えます。
| 曖昧な言葉 | 確認できる事実への置き換え |
|---|---|
| きれいな商品 | 別紙仕様書に記載した寸法、材質、外観基準を満たす商品 |
| すぐに対応する | 通知を受けた日の翌営業日までに一次回答する |
| ちゃんと動く | 所定の環境で30秒間停止せずに作動する |
| 十分なサポート | 月2回、各60分以内のオンライン対応を行う |
| 何度でも修正する | 初稿提出後、2回まで修正に対応する |
美しいデザイン、優れた機能、丁寧な対応といった言葉だけでは、合格の判断ができません。
契約書では、「請求書を発行できる合格条件」にまで落とし込む必要があります。
6.法律用語と具体的な基準を使い分ける
契約書では、「善良な管理者の注意義務」のような法律上の概念も使われます。
これは、職業や社会的地位などに応じて、一般に要求される程度の注意を払うという考え方です。
日常語の「ちゃんとやる」よりも、法律上の評価に結びついた共通の枠組みがあります。
ただし、善管注意義務と書けば、すべての判断基準が自動的に明確になるわけではありません。
どの程度の注意が必要かは、業務内容や当事者の専門性などによって変わります。
そのため、実務では法律用語だけに頼らず、具体的な業務内容も併せて決めます。
例えばWebサイト制作であれば、対象ページ、動作確認を行う環境、修正回数、検収期間、公開後の保守範囲などを具体化します。
法律用語は、責任を考えるための共通の物差し。仕様書や個別条件は、実際の現場で合否を判断するための物差しです。
この二つを組み合わせることで、言葉の目線がそろいやすくなります。
7.まとめ|一律の基準が、顧客と会社の双方を守る
契約トラブルのすべてが、悪意によって起きるわけではありません。
お互いの常識、期待値、言葉の受け止め方が違い、その小さなズレが積み重なってトラブルになることが多いのです。
だからこそ、「きれいに」「早めに」「ちゃんと」といった言葉で済ませず、第三者が見ても確認できる基準に置き換えます。
契約書があれば、声の大きな人だけ要求が通り、静かな人が不利益を受けるような不公平も減らせます。
担当者ごとの判断のばらつきを抑え、不要な返金や無償対応といったキャッシュアウトも防ぎやすくなります。
契約書は、相手を疑うために作るものではありません。
いろいろな常識や期待値を持つ人同士が、同じ目線で取引を進めるための基準です。
そして、その合意を凍結保存し、会社として一律の対応を続けるためのコミュニケーションツールなのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
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