ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.「常識的に考えれば大丈夫」は、本当に大丈夫でしょうか
- 2.契約書は「常識のズレ」を補正する文書である
- 3.「業界の常識」ほど怪しいことがある
- 4.取引は「損失」ではなく、利益の交換である
- 5.気持ちよく払う相手かどうかで、契約書の厚みは変わる
- 6.対応策:契約前に“前向きに揉める”
- 7.まとめ:契約書は、常識のズレを補正するツールである
- 🔎 参考記事
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「常識的に考えれば大丈夫」は、本当に大丈夫でしょうか
取引をしていると、ついこう思うことがあります。
「常識的に考えれば、月末までに払ってくれるだろう」
「常識的に考えれば、この程度でクレームにはならないだろう」
「常識的に考えれば、検収後に損害賠償までは言ってこないだろう」
「同じ業界なのだから、だいたい分かってくれるだろう」
しかし、実務ではこの「常識的に考えれば」が危ないことがあります。
なぜなら、常識は人によって違うからです。
特に、お金が絡む場面では、その違いがはっきり出ます。
- こちらは「当然払ってもらえる」と思っている
- 相手は「まだ払う段階ではない」と思っている
- こちらは「追加作業だ」と思っている
- 相手は「当然含まれている」と思っている
- こちらは「検収済みだ」と思っている
- 相手は「まだ正式にOKしていない」と思っている
このズレが、後からトラブルになります。
しかも、取引が始まってからズレに気づくと、話がこじれやすいです。
納品後、入金後、クレーム後に揉めると、感情も絡みます。
だからこそ、取引前に常識のズレを補正しておく必要があります。
そのための道具が、契約書です。
2.契約書は「常識のズレ」を補正する文書である
契約書は、取引前に話し合った共通認識を、後からズレないように凍結保存しておく文書です。
たとえば、次のような内容です。
| ズレやすい常識 | 契約書で補正する内容 |
|---|---|
| いつ払うのが普通か | 支払日・支払方法 |
| どこまでが業務範囲か | 業務内容・成果物・除外事項 |
| 修正は何回まで含まれるか | 修正回数・追加費用 |
| いつ検収完了になるか | 検収基準・みなし検収 |
| 不具合があったらどうするか | 契約不適合責任 |
| 損害が出たら誰が負担するか | 損害賠償・免責 |
| 終わらせたいときどうするか | 解除・中途解約 |
これらを曖昧にしたまま取引を始めると、後から「そんなつもりではなかった」という話になります。
契約書は、お互いの常識を先に言語化して、ズレたまま走り出さないためのものです。
ここに、契約書の大きな意味の一つがあります。
3.「業界の常識」ほど怪しいことがある
中小ベンチャー企業では、同業者とのコラボや業務提携が増えています。
- 同じ業界だから話が早い
- 同じ仕事をしているから分かってくれる
- 同じ専門用語を使っているから認識も近い
そう思いやすい場面です。
しかし、実は「業界の常識」ほど怪しいことがあります。
- 同じ業界でも、会社によって仕事の進め方は違います
- 価格感も違います
- 品質基準も違います
- 納期感覚も違います
- お客様への対応方針も違います
- 外注先との距離感も違います
たとえば、制作業務でよくあるのが「修正回数」のズレです。
受注側は、見積金額の中に含まれる修正は2回程度だと思っている。
しかし、発注側は「納得するまで直してもらうのが普通だ」と思っている。
この状態で仕事を始めると、納品後に大変です。
3回目、4回目、5回目の修正が発生しても、発注側は「当然含まれている」と考えます。
一方で、受注側は「ここから先は追加費用ではないか」と感じます。
結果として、作業時間は増え、利益は削られ、関係性も悪くなります。
これは、どちらか一方が最初から悪意を持っていたというより、
最初に「常識のズレ」を確認していなかったことが原因です。
また、コラボや業務提携では、さらにズレが起きやすくなります。
- 誰が営業するのか
- 誰が顧客対応をするのか
- 売上をどう分配するのか
- 制作物やノウハウの権利は誰に帰属するのか
- うまくいかなかった場合、どう撤退するのか
こうした点を曖昧にしたまま「同業者だから分かるだろう」で進めると、後から揉めます。
「お互い分かっているはず」と思っている部分ほど、契約書で補正しておく。
これが、取引を長く続けるための実務です。
4.取引は「損失」ではなく、利益の交換である
常識のズレが最も大きく出るのは、お金に対する考え方の違いです。
取引では、一方がお金を支払い、もう一方が商品やサービスを提供します。
ここで大事なのは、お金を払う側も、ただ損をしているわけではないということです。
たとえば、中小ベンチャー企業がフリーランスのデザイナーに営業資料の作成を依頼したとします。
会社の口座からは、デザイン費用が出ていきます。
その意味では、支出です。
しかし、その代わりに、自社では作れない見やすい資料が手に入ります。
営業担当者が説明しやすくなります。
商談の印象が良くなります。
結果として、受注率が上がるかもしれません。
つまり、お金を払うことで、別の利益を得ているわけです。
本来、取引は一方的な損失ではありません。
お互いが利益を得るために行うものです。
ところが、お金を払うことだけを切り取って「損失」と考える相手もいます。
このタイプの相手は、支払いの場面で態度が変わることがあります。
「もう少し安くならないか」
「ここが気に入らないから減額してほしい」
「支払いを少し待ってほしい」
「この程度なら無料で対応してほしい」
「前回もやってくれたのだから、今回も当然でしょう」
このような相手とは、常識のズレが起きやすいです。
だからこそ、契約書で細かく決めておく必要があります。
5.気持ちよく払う相手かどうかで、契約書の厚みは変わる
契約書は、いつも同じ厚さでよいわけではありません。
相手との関係性や、相手のお金に対する感覚によって、契約書の厚みは変わります。
もちろん、どの取引でも最低限の契約条件は必要です。
ただ、相手が気持ちよく支払ってくれるタイプなのか、支払いのたびに難色を示すタイプなのかで、
注意すべきポイントは変わります。
| 相手の傾向 | 契約書で意識したいこと |
|---|---|
| 気持ちよく支払う | 基本条件を明確にし、関係を円滑にする |
| 毎回値引きを求める | 追加費用・修正範囲・減額不可を明確にする |
| 支払期日を延ばしがち | 支払期限・遅延時対応を明確にする |
| クレームが多い | 検収基準・不適合通知・対応範囲を明確にする |
| 口約束を都合よく解釈する | 書面・メールでの合意を条件にする |
| 過去に未払いがある | 前金・分割払い・取引停止条件を検討する |
相手の傾向は、初回打ち合わせでの金額への反応、見積書への質問の仕方、
契約書を出したときの反応速度、過去の支払実績などに表れます。
特に注意したいのが、「キャッシュバック」に関する条項です。
ここでいうキャッシュバックとは、いったん入ってきたお金が、
返金、損害賠償、違約金、無償対応、値引きなどの形で出ていくことです。
契約書では、次のような条項が関係します。
| 条項 | 何を決めるか |
|---|---|
| 契約不適合責任 | 不具合・不備があった場合の対応範囲 |
| 損害賠償 | 損害が発生した場合の負担範囲 |
| 違約金 | 約束違反があった場合の金銭負担 |
| 免責 | 自社が責任を負わない範囲 |
| 検収 | 納品後にどの時点で合格となるか |
| 追加費用 | 当初範囲外の作業を有償化できるか |
常識のズレが大きい相手ほど、この部分を曖昧にしてはいけません。
「たぶん分かってくれるだろう」ではなく、先に説明し、合意し、契約書に残す。
ここが大事です。
6.対応策:契約前に“前向きに揉める”
契約書を出すと、相手と揉めるのではないか。そう心配する方もいます。
たしかに、契約書を出すと、条件交渉が発生することがあります。
「この損害賠償条項は重すぎませんか」
「支払サイトをもう少し長くできませんか」
「修正回数はもう少し柔軟にできませんか」
「この業務範囲はどこまで含まれますか」
こうしたやり取りは、少し面倒に感じるかもしれません。
しかし、これは悪い揉め方ではありません。むしろ、前向きな揉め方です。
契約前に揉めるということは、取引前にお互いの常識をすり合わせているということです。
- 支払条件
- 検収条件
- 業務範囲
- 責任範囲
- 追加費用
- 解除条件
これらを腹を割って話し合う。その結果として契約書を取り交わす。
このプロセスを経ると、取引開始後のトラブルは減ります。
逆に、契約前に揉めることを避けてしまうと、後からもっと大きく揉めることがあります。
- 納品後に揉める
- 入金後に揉める
- クレーム後に揉める
- 回収できずに揉める
- 最終的に裁判を検討する
こうなると、時間もお金も気力も奪われます。
契約前の交渉は、取引を壊すためのものではありません。
取引を長く続けるためのものです。
契約書とは、取引の入口で前向きに揉めるための道具でもあります。
7.まとめ:契約書は、常識のズレを補正するツールである
常識は、人によって違います。
特に、お金が絡む場面では、その違いがはっきり出ます。
こちらは当たり前だと思っていることが、相手も同じように思っているとは限りません。
- 業界の常識
- 会社の常識
- 担当者の常識
- 経営者の常識
- お客様の常識
これらは、必ずしも一致しません。だからこそ、契約書が必要です。
契約書は、ビジネスを安全に前へ進めるための設計図です。
契約前に条件を話し合うと、多少は揉めるかもしれません。
支払条件、業務範囲、検収、追加費用、損害賠償…
こうしたことを取引前に話し合うのは、前向きに揉めるということです。
納品後に揉めるより、契約前に揉める。
入金後に揉めるより、取引開始前にすり合わせる。
その方が、結果的にお互いの信頼関係を守れます。
「常識的に考えれば大丈夫」
そう思ったときほど、一度立ち止まってください。
もし少しでも不安があるなら、契約書で補正しておく。
契約書は、取引前の合意を凍結保存し、未来の自社と相手を守る文書です。
この一手が、将来のトラブルを減らし、会社の利益と信頼を守ります。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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