ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.社長が代わっても、取引は今までどおり続くのか
会社を先代から引き継ぐことになった。印鑑、株式、銀行口座、取引先の名簿も受け取った。
それで、事業承継は完了なのでしょうか。
実際には、先代の頭の中にしかない取引条件が残っていることがあります。
- この会社には特別に値引きしている
- 支払いが少し遅れても待っている
- 不良品は期限を問わず交換している
こうした暗黙のルールは、契約書にも社内資料にも書かれていません。
社長が代わっても会社そのものが同じであれば、先代の時代に会社が結んだ契約を「知らなかった」の一言でなかったことにはできません。
その一方で、先代個人の人柄や信用まで、そのまま後継者へ引き継がれるわけでもないのです。
2.先代の頭の中を会社の仕組みに変える
事業承継に伴う契約整理は、古い契約書をファイルへ並べ直すだけの作業ではありません。
先代個人に紐づいていた取引条件、取引先との経緯、例外対応、お金の流れを言語化し、後継者や現場でも再現できる会社のルールへ戻す作業です。
契約書は、先代の頭の中にあった取引を、次の世代へ引き継ぐための設計図にもなり得ます。
3.「前の社長はやってくれた」と言われる
後継者が新しい運用を始めようとすると、取引先から次のように言われることがあります。
「前の社長は、このくらい値引きしてくれた」
「支払日が遅れても待ってくれた」
「返品はいつでも受けてくれた」
「この地域では、うちだけに販売させる約束だった」
ところが、契約書を洗いざらい確認しても、そのような条件は書かれていません。
先代に聞いても、
「昔からそうしている」
「細かいことは覚えていない」
となる。
契約書と実際の運用がズレたまま長年積み重なり、取引先の期待だけが大きくなっている。
これが、代替わりの時に表面化するモヤッとです。
4.引き継ぐべきなのは書類ではなく、取引の再現性である
事業承継とは、社長の名前を変更することではありません。
先代がいなくても、同じ品質で仕事を受け、商品を納め、請求し、入金を受けられる状態を作ることです。
そのためには、価格、納期、検査、クレーム対応、特別値引き、支払猶予といった条件を、誰でも確認できる形にしておかなければなりません。
先代しか取引を回せない状態では、その取引は会社の資産になっているとは言いにくいでしょう。
契約書に落とし込み、社内へ共有して初めて、先代の経験や信用が会社の仕組みになります。
5.実例|契約書よりも、先代の例外対応が取引を動かしていた
例えば、あるメーカーが販売店と基本契約書を結び、長年取引していたとします。
契約書には、価格、支払期限、返品条件が一応書かれています。
しかし実際には、先代の判断で大幅な値引きをする、資金繰りが厳しい月は支払いを待つ、売れ残った商品は契約書に関係なく返品を受ける、といった運用が続いていました。
後継者が契約書だけを読んでも、取引の実態は分かりません。
反対に、先代の慣行をすべて守れば、利益が残らない可能性もあります。
必要なのは、次の流れです。
先代の頭の中にある条件
↓
取引経緯・例外対応のヒアリング
↓
取引先との認識確認
↓
契約書・覚書への反映
↓
後継者と現場への共有
先代のやり方を否定するのではなく、なぜその例外を認めたのかまで確認することが重要です。
6.契約書と「契約書に書かれていないこと」を総ざらいする
まず、社内にある契約書、覚書、発注書、メールなどを洗いざらい集めます。
その上で、契約期間、解約条件、代表者変更時の通知・承諾、保証、個人保証などを確認します。
特にフランチャイズ、代理店、販売店、ライセンスなどの契約では、代表者や経営体制の変更について、事前通知や承諾を求める条項が置かれていることがあります。
「自分の会社だから自由に代替わりしてよい」と決めつけず、契約書を確認しなければなりません。
次に、先代から口約束、特別値引き、支払猶予、クレーム対応などを聞き取ります。
そして、今後も残す条件、見直す条件、終了させる条件に分けます。
もし自社にとって不利で不合理な「変な契約」が見つかったら、代替わりは巻き直しの最大のチャンスです。
「代替わりのタイミングですので、現在のビジネスに合わせて契約条件を見直させてください」
と、正々堂々と交渉を持ちかけることができます。
合意した内容は、契約書や覚書に残し、後継者だけでなく営業、経理、現場にも共有します。
なお、株式の承継、事業譲渡、合併など、事業承継の方法によって契約関係の扱いは異なります。
重要な取引については、承継方法と契約条項を専門家に確認する方が安全です。
7.まとめ|先代の信用を会社の資産へ変える
事業承継における契約書の総ざらいは、過去の負の遺産を探すだけの作業ではありません。
先代しか知らなかった取引条件を言語化し、取引先と認識をそろえ、後継者と現場が再現できる状態にする。これは、社長個人に紐づいていた取引を会社へ戻す作業です。
代替わりは、不利な契約を巻き直す最大のチャンスであると同時に、長年築いてきた信用を次の世代へ凍結保存する機会でもあります。
印鑑を引き継ぐだけで終わらせず、契約書と実際の運用を洗いざらい確認する。
それが、新しい経営者としての最初の大仕事なのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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