ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.なぜ、契約書を書こうとすると手が止まるのか
先日、会社を経営されている社長さんたちの勉強会のような集まりに参加しました。
そこで、「それぞれの会社は、その分野におけるウルトラスーパー専門家だよね」という話になりました。
ただ、高度で専門的な知識をそのまま伝えても、一般の人にはなかなか届きません。
その専門性の中から、ビジネスや日常で役立てられるエッセンスを抜き出し、分かりやすく伝えることが大切なのではないか、という話題で盛り上がりました。
例えば、参加者の中にカメラマンの方がいました。
「スマホのカメラを向ける角度を少し変えるだけで、写真の映え方は劇的に変わるんですよ」
そう聞くと、「なるほど!」と思いますよね。
フォーマルな写真撮影はプロに頼むとしても、SNSへ載せるちょっとした写真の撮り方であれば、一般の人もすぐに活用できます。
では、私の専門である契約書から、一般のビジネスパーソンにも役立つエッセンスを取り出すとしたら何だろうか。
いろいろと考えてみると、契約書には、単なる法律文書にとどまらない役割があります。
それは、普段は見えにくい商売の「バグ」を見つけることです。
2.契約書は、商売の不具合を見つける検査装置である
契約書は、すでに決まっている取引条件を、法律チックな文章へ置き換えるだけの書類ではありません。
実際に契約書を作ろうとすると、社長や担当者へ細かな質問をすることになります。
「注文は、いつ、どのような方法で受けていますか」
「商品は、何日以内に納品するのですか」
「何をもって検収合格としますか」
「追加作業は、どこまで料金に含まれていますか」
「納品後のアフターフォローは、いつまで行いますか」
すると、
- 「そこまでは決めていません」
- 「いつも相手に合わせています」
- 「担当者の判断に任せています」
という答えが返ってくることがあります。
これは、契約書の文章が書けないのではありません。
契約書に書くべき会社のルールが、まだ決まっていないのです。
契約書を作ると、決まっていない条件、担当者によって判断が変わる部分、前後の辻褄が合っていない業務などが表に出てきます。
契約書は、商売のバグを見つける検査装置でもあるのです。
3.ひな形を埋めれば完成すると思っている
契約書の作成というと、市販のひな形やインターネット上の書式を用意し、会社名、金額、契約期間などを埋めれば完成すると思われがちです。
最近では、生成AIに指示を出せば、それらしい契約書を短時間で作ってくれます。
しかし、文章として整っていることと、その会社の商売に合っていることは別問題です。
- 契約書には「納品後、発注者が検収を行う」と書かれているのに、実際の現場では検収をしていない
- 「仕様変更は書面で合意する」と書かれているのに、営業担当者が口頭で追加作業を引き受けている
- 「検収合格後に請求書を発行する」と書かれているのに、検収期限が決まっていない。
これでは、契約書と実際のビジネスの流れが全く噛み合っていません。
契約書を作るというのは、空欄を埋める作業ではないのです。
4.商売のバグは3種類に分けられる
私が考える契約書の本質は、大きく三つあります。
これを「商売のバグを見つける視点」として整理すると、次のようになります。
| バグの種類 | 具体的な状態 | 契約書で行うこと |
|---|---|---|
| 言葉のバグ | 人によって言葉の解釈が違う | 誤読されない表現へ置き換える |
| 関係性のバグ | 相手との力関係や取引目的に条件が合っていない | 文脈に合わせて条件を調整する |
| 流れのバグ | 発注から入金までの前後関係が曖昧 | 業務を時系列で整理する |
一つ目は、誤読されない文章術です。
例えば、「美しい本件商品を販売する」という表現があったとします。
一見すると分かりやすいのですが、「美しい」の基準は売り手と買い手で全く違います。
そこで、「別表1に規定する性能を備えた本件商品」といった形で、形容詞や副詞をできるだけ排除し、誰が読んでも同じ解釈になるようにします。
二つ目は、相手との関係性、つまりコンテクストです。
「自社に100%有利な契約書を作ってほしい」と言われることがあります。
しかし、自社にとって100%有利ということは、相手にとってはめちゃくちゃ不利だということです。
戦略的なパートナーとして一緒に事業を育てたい相手なのか、ドライな外注先として付き合う相手なのか。
それによって、同じ業務委託契約書でも書くべき内容は変わります。
三つ目は、ビジネスを時系列で整理する思考術です。
商談、発注、着手、納品、検収、請求、入金、アフターサービスという流れを順番に並べることで、業務の抜けや矛盾が見えてきます。
5.検収期限がないと、入金まで止まってしまう
例えば、次のような取引を考えてみましょう。
- 注文書を受け取る
- 商品を納品する
- 相手が検収する
- 検収合格後に請求書を発行する
- 代金が支払われる
ごく普通の流れに見えます。
しかし、検収期限が決まっていなかったら、どうなるでしょうか。
相手が検収結果を知らせてくれない限り、検収が終わりません。
検収合格後でなければ請求できないとすれば、請求書も発行できず、入金まで無期限に後ろへ延びてしまいます。
そこで契約書に、
「納品後7営業日以内に検査結果を通知する」
「期間内に通知がない場合は、検収に合格したものとみなす」
といった仕組みを設けます。
これは、単に契約書の文章を整えたのではありません。
契約書を作る過程で、入金を止めてしまう商売のバグを見つけ、ビジネスの流れそのものを修正したのです。
一連のビジネスの流れが時系列で整理されておらず、契約書と辻褄が合わないのであれば、その商売はどこかがおかしい証拠です。
6.時系列・関係性・文章の順番で整理する
契約書を作るときは、いきなり第1条から書き始める必要はありません。
最初に、商談の開始からアフターサービスまでの流れを、時系列で並べます。
- いつ注文書を発行するのか
- 何日以内に納品するのか
- どのような基準で検収するのか
- いつ請求書を発行し、何日以内にお金を支払うのか
- 不具合があった場合は、誰が、いつまで対応するのか
次に、取引相手との関係性を確認します。
- 相手との力関係はどうなっているのか
- 今後も長く協業していきたい相手なのか
- どこまで厳しい条件を出せるのか
- 相手の感情を逆撫でせず、どこで折り合いをつけるのか
を考えます。
最後に、それを誤読されない文章へ変換します。
「速やかに」「十分に」「必要に応じて」といった解釈の分かれる言葉を、期限、金額、回数、場所、仕様などの客観的な基準へ置き換えていきます。
この順番で整理すると、契約書だけでなく、日常の業務や社内の役割分担も見えやすくなります。
7.まとめ|書きにくい条文は、商売からの警告
契約書を作っていて、どう書けばよいのか分からない箇所が出てきたとき、それは文章力や法律知識が足りないからとは限りません。
- 会社の中で、まだルールが決まっていない
- 担当者によって運用が違う
- 相手との関係性に条件が合っていない
- 業務の前後関係に矛盾がある
そうした商売のバグを、契約書が教えてくれている可能性があります。
取引の流れを時系列で整理し、相手との関係性を慮り、誤読されない文章術を使って完成させたビジネス書面。それが契約書です。
契約書は、トラブルが起きたときだけ使うものではありません。
作成するプロセスそのものが、自社のビジネスを見直し、よりよい仕組みへ整えていく機会になります。
契約書を書きにくい場所には、その会社が次に整えるべき経営課題が隠れている。
私は、契約書には、そのような使い方もあるのだと思っています。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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