ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
今回のテーマは、ビジネスの現場でよく使われる「委任状」。
「ハンコだけ押して出せばいいんですよね?」
「とりあえず白紙で預かって、あとで書き足します」
──そんなふうに、なんとなく扱われているこの書類。
しかし、実は、法的にも実務的にも非常に重要な意味を持っています。
委任状の正体と危険性、そして実務で安全に使うための考え方を一緒に整理していきましょう。
委任状は契約書ではないが…“契約の影”
まず、基本的な整理から。
法律上の「委任契約」は、民法643条で定義されています。
ざっくりとまとめると、
「〇〇という法律行為をやってほしい」
「わかりました。引き受けます」
──という合意(=契約)で成立します。書面がなくてもOKです。
そこで。
たとえば行政機関や金融機関など、第三者に対して
「この人が本人の代わりにやりますよ」と説明するには、書面で“見える化”しておく必要があります。
そのためのツールが、委任状。
つまり、委任状とは、
委任契約が存在していることを、第三者に向けて説明・証明する書類
といえます。
契約書ではなく、契約の“影”。
だからこそ、「誰が」「誰に」「何を」任せたのかが書かれていないと、
その“影”はかたちを持たず、トラブルのもとにもなり得ます。
委任≓丸投げ だからこそ“記載内容”が命
法律用語としての「委任」は、「他人に法律行為を頼むこと」。
イメージ的にわかりやすい言葉を選べば“丸投げ”という表現に近いです。
ただし、ここで誤解しないでいただきたいのは、
「全面的に好きなようにやっていい」という意味ではありません。
委任とはあくまで、「ある範囲内で、代わりに行動してもらう」という契約です。
だからこそ重要なのが、
どこまで、何を、どう任せたか?
この範囲を委任状で明確にしておくことです。
白紙委任状が危ない理由
実務ではよくこういう場面があります。
「あとで中身は書くので、とりあえず印鑑だけ」
「書式はこっちで用意するんで、白紙でいいですよね?」
──これが、いわゆる白紙委任状です。
一見、手続きを省略できて便利に思えますが、これは非常にリスクの高い行為です。
なぜなら、何をどこまで任せたのかが記載されていない=委任契約の内容が明示されていない状態だからです。
その結果として、以下のような問題が起こりえます:
- 代理権の範囲があいまいになる
- 本人の意思が確認できず、トラブルの原因になる
- 無権代理として契約自体が無効とされる可能性がある
実際、行政庁などの現場でも
「本人の意思が明確に確認できない」として差し戻しになるケースは少なくありません。
さらに厄介なのは、白紙委任状があると、その紙を見た第三者が「すべてを任されている」と受け取ってしまうリスクがあるということです。
委任者が意図していない行為まで、「委任された」と一方的に解釈され、思わぬ事態を招く可能性があります。
つまり白紙委任状とは、任せたつもりのないことまで任せたことにされかねない、極めて危険な状態なのです。
「あとで書きますから」という一言で、責任の範囲が不明確になり、
最終的には自分自身の意図を証明できなくなるおそれがあるということを、ぜひ覚えておいてください。
捨印が生む“責任の空白”
ところで、捨印(すていん)って聞いたことありますか?
「委任状」「●●契約書」などのタイトルの上の欄外に押す印鑑です。
「あとで日付を直しておきますね。念のため捨印だけお願いします」
「誤字があったとき用に、すみっこに印鑑もらえますか?」
──これが、捨印です。
捨印とは、
「書類の軽微な誤り(誤字・日付ミスなど)を、あとから訂正しても構わないですよ」
という意思を示すために押す印鑑のこと。
たとえば、
- 日付が「2024年」になっていたのを「2025年」に直す
- 誤字を一文字だけ修正する
など、内容に影響のない“軽い訂正”のために使われるのが本来の趣旨です。
でも実務では、この捨印が誤って使われることが少なくありません。
- 内容を書き加えてもいいと誤解される
- 本人の知らないところで大幅に修正される
- 「捨印があるんだから、確認済みでしょ?」と既成事実にされる
とくに、委任状に捨印を押してしまうと──
「どんな内容でも、後から自由に書き換えてOKですよ」と受け取られてしまうこともあり得ます。
捨印は“軽微な訂正”のためのもの。本文の内容そのものを書き換えるために使ってはいけません。できる限り使わず、訂正があれば再発行が基本となります。
つまり──
捨印があるからといって、どこまで許されるかが不明確。
だからこそ、委任状のような**“責任が伴う書類”に捨印は原則NG**なんです。
委任契約で代理権を与え、それを委任状で“見せる”
ここまでを図式化すると、こうなります。
概念 | 役割 |
---|---|
委任契約 | ある人が他人に法律行為を頼む契約(民法643条) |
代理権 | 他人の代わりに法律行為をして、本人に効果を帰属させる権限(民法99条) |
委任状 | 委任契約が存在し、代理権があることを第三者に“見える化”する書面 |
つまり──
委任契約で代理権を授与し、
その内容を第三者に説明するのが委任状。
委任状は単なる事務書類ではありません。
代理権の存在と範囲を証明する法的ツールでもあるのです。
📎参考:委任状の記載例(雛形)
以下は、行政手続きで使えるシンプルな委任状の一例です。
ご自身のケースに応じて内容は必ずご確認ください。
<委任状サンプル>
委 任 状
私は、下記の者を代理人と定め、次の手続について一切の権限を委任します。
■代理人
氏名:〇〇〇〇
住所:〒●●●-●●●● 〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
■委任する内容
〇〇許可申請に関する提出・受領その他一切の手続
■委任者
氏名:△△△△(自署)
住所:〒×××-×××× △△市△△町△丁目△番△号
生年月日:19XX年X月X日
委任年月日:202X年X月X日
(委任者印)
🔸免責事項:
この委任状サンプルは一般的な内容を想定しており、
すべての手続において有効性・適合性を保証するものではありません。
実際の申請・届出等に使用する場合は、必ず関係機関の最新様式や要件をご確認ください。
さいごに
委任状は、誰かに「任せます」「丸投げしています」という意思を、法的に通用するかたちで見える化する書類です。
- 白紙にしない
- 捨印を安易に押さない
- 内容を具体的に書く
それだけで、後のトラブルをぐっと減らすことができます。
「内容を確認せずに渡した委任状でトラブルになっても、それは“自業自得”と言われかねません。」
音声解説
音声配信アプリ「stand.fm」にて、『契約書に強くなるラジオ』を配信中です。
本記事のテーマは、「誰かにシェアしたくなる法律知識」シリーズとして、音声でも公開しています。
▽音声をお聴きになるには、以下をクリックください(音声配信アプリstand.fmへ)。
ご質問受付中!
足下を固め、自分自身を守り、そして、「成し遂げたいこと」や「夢」の実現に近づけるための契約知識について、このブログや、音声配信「契約書に強くなる!ラジオ」でお伝えしていきますので、今後ともご期待、ご支援いただければ幸いです。
「こんなことに困っている!」など、契約書に関するご質問がありましたら、ブログ等で可能な限りお応えしますので、上記「お問い合わせ」より、お気軽にお寄せください。
また、商工会議所などの公的機関や、起業支援機関(あるいは各種専門学校)のご担当者で、
「契約知識」に関するセミナー等の開催をご検討されている方
講師やセミナー企画等の対応も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。
最後まで、お読みくださりありがとうございました。
この記事へのコメントはありません。