ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
1.AIが作った契約書を、そのまま相手に出してよいのか
「受託者側に有利な業務委託契約書を作ってください」
生成AIに取引条件を入力すれば、今では相当それらしい契約書が、ポンッと一瞬で出来上がります。
条文を作るだけでなく、契約書の要約、リスクの指摘、修正文案の提案までしてくれます。まさに夢のようなサービスです。
では、生成AIが作った契約書を、そのままメールに添付して取引先へ送ってもよいのでしょうか。
結論から申し上げると、それはおすすめできません。
AIが作った契約書は「完成品」ではなく、自社の取引に合わせたチューニングが必要な原案ともいえるからです。
2.AI契約書には、人間によるチューニングが必要
生成AIは、契約書の文章を作るところまでは急速に上手になっています。
しかし、次のようなことまでは決められません。
- このお客様との取引を、どの程度成立させたいのか
- どの条件だけは絶対に譲れないのか
- どこまでのリスクなら自社で引き受けられるのか
- 厳しい条件を提示して、商談が破談になってもよいのか
- この価格で、どこまでの責任を負えるのか
これらは、単なる法律問題ではありません。自社の実力、価格、仕事の進め方、相手との力関係を踏まえた経営判断です。
生成AIは契約書を作れても、取引の着地点までは決められません。
だからこそ、AIが出した契約書をそのまま使うのではなく、自社のビジネスに合わせてチューニングする工程が必要なのです。
3.「自社に有利」で作らせたら、相手をぶん殴る契約書になった
生成AIに、
「自社に最大限有利な内容で」
「当社が一切責任を負わないように」
と指示すれば、その方向へ寄せた契約書が出てくることがあります。
例えば、次のような内容です。
- 相手だけが無制限の損害賠償責任を負う
- 自社はいつでも解除できるが、相手は簡単に解除できない
- 成果物の著作権をすべて無条件で取得する
- 不具合があれば、相手が長期間にわたり無償対応する
- 自社の義務は曖昧なのに、相手の義務だけ細かく定める
こうした契約書を説明もせずに送りつけるのは、
「とりあえず思いっきり相手をぶん殴っとけ。通ったらラッキー」
というやり方と変わりません。
取引先にしっかりとした法務部門があれば、
「おたくの会社、何を言っちゃってるの?」
と呆れられ、大量の修正が返ってくるでしょう。
場合によっては、それまで順調に進んでいた商談が、契約書を出した瞬間にストップし、そのまま破談になることもあります。
契約書は自社を守るためのものですが、相手との取引を壊すためのものではありません。
4.AIは「正解」ではなく、入力された判断基準を増幅する
ここで注意したいのは、「生成AIは必ず自社に100%有利な契約書を作る」というわけではないことです。
生成AIは、入力された指示、参照させたひな形、伝えられた取引条件などをもとに文章を作ります。
つまり、使う側の考え方や判断基準を増幅する存在です。
近年の法務AIは、単に契約書を自動作成するだけではありません。
契約書の要約、リスクの指摘、修正文案の提示に加え、自社のひな形や契約審査基準である「プレイブック」を参照したレビューまでできるようになっています。
便利であることは間違いありません。私自身も、契約書自動作成ツールを業務に取り入れています。
しかし、ツールを使う側と契約書を受け取る側の双方に契約知識がなく、知らない者同士が取り交わすと、とんでもないことになります。
出す側は、相手に全リスクを押し付けていることに気づかない。
受け取る側も、ぶん殴られているという認識がないままハンコを押してしまう。
そして、実際にトラブルが起きてから契約書を紐解き、「こんな条件になっていたのか」と初めて気づくわけです。
AIは優秀な文章作成者ですが、経営方針や契約判断の代わりにはなりません。
5.「最新のWindows OS」のような契約書では現場が動けない
小規模なWeb制作を例に考えてみましょう。
本来、契約書で確認すべき主な内容は、業務内容、報酬、納期、修正回数、素材提供、検収、著作権、不具合対応などです。
ところが、生成AIに、
「想定できるリスクをすべて盛り込んでください」
と指示すると、普通ならA4用紙2~3枚の契約書で済む取引が、10枚ほどの分厚い契約書になることがあります。
例えるなら、AIが作った契約書は「最新のWindows OS」のようなものです。
あらゆる機能が盛り込まれ、想定されるリスクにも幅広く対応した、超ハイスペックな契約書です。
しかし、中小企業やフリーランスの取引実務においては、必ずしも最新OSのすべての機能が必要なわけではありません。
むしろ「Windows XP」くらいまで意図的にダウングレードした方が、現場では使いやすいこともあります。
必要な機能を選び、現場で動かせる程度まで内容を軽くするという比喩です。
契約書には「業務内容を変更する場合は、事前に書面で合意する」と書いてあるのに、実際にはチャットで追加依頼を受けている。
再委託には書面による承諾が必要なのに、現場担当者はその条項を知らず、外部のクリエイターへ仕事を流している。
これでは、法的に完璧な契約書が、自社の契約違反を増やすことになります。
契約書は、長ければ安全なのではありません。
取引実務のルールブックとして、現場が理解し、実際に守れることが重要です。
6.AI契約書を5つの視点でチューニングする
生成AIが作った契約書は、次の5つの視点で確認します。
| 確認する視点 | チューニングのための問い |
|---|---|
| 取引実態 | 実際の仕事の流れと合っているか |
| 責任配分 | 一方だけに全リスクを押し付けていないか |
| 実行可能性 | 現場が本当に守れる条件か |
| 説明可能性 | 条項を置いた理由を相手に説明できるか |
| 収益性 | 価格と引き受ける責任が釣り合っているか |
AIが作った契約書を、まずは「MAXの基準」として考えます。
そのうえで、守るべき条件は具体的に残し、厳しすぎる条件や現場で守れない手続は、実態に合わせて調整します。
例えば、損害賠償を無制限にするのではなく、受領した委託料などを参考に上限を定める。
何度でも無償修正に応じるのではなく、修正回数や追加料金の条件を明確にする。
現時点でどうしても決め切れない事項については、「甲乙協議の上決定する」として、あえて少しボカしておくことも選択肢になります。
すべてを1から10まで言語化してガチガチに縛れば、必ずよい契約書になるわけではありません。
法的な側面と現場の実務、そして相手の感情とのバランスを取ることが不可欠です。
単純に弱い契約書へダウングレードするのではなく、自社の取引にとって使いやすい状態へチューニングするのです。
7.まとめ|AI時代は、契約書を作る力より「判断軸」が問われる
生成AIの進化によって、契約書の文章を作ること自体は、以前よりもはるかに簡単になりました。
しかし、AIが作った契約書をそのまま相手に投げるだけでは、契約実務を行ったことにはなりません。
- 何を守るのか
- どこまで譲るのか
- どのリスクを引き受けるのか
- その条件で会社に利益が残るのか
- 相手にどのように説明するのか
これらを決めるのは人間です。
AIが作った契約書は、見た目には100点満点かもしれません。
しかし、それが自社の取引にとって100点とは限りません。
最新のWindows OSのような契約書をそのまま導入し、現場をガチガチにして動けなくしては本末転倒です。
反対に、相手に全リスクを押し付ける契約書を送りつけて、商談が破談になってしまっても意味がありません。
契約書は、自社だけが勝つための武器ではなく、お互いが快適に仕事をして、しっかりと利益を残すためのルールブックです。
生成AIを使うこと自体が問題なのではありません。
AIが作った原案を、自社の実力や取引実態に合ったWin-Winな契約書へチューニングできるかどうか。
そこに、生成AI時代の契約実務における人間と専門家の価値があるのだと思います。

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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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