ビジネス法務

【契約書のトリセツ】キャッシュが先に出る仕事、契約書なしで大丈夫?

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。

「契約書って、なくても仕事はできるじゃないですか?」

そう話す中小ベンチャー企業の経営者の方に、私は何度も出会ってきました。
ですが実際には、「納品したのにお金が入ってこない」「支払いが遅れて資金繰りが厳しい」といった声もよく聞きます。

特に、“こちらが先にお金を支払う場面”のある仕事。
つまり、仕入れ・外注費・人件費などの「持ち出し」がある業務でも、契約書なし、つまり法的な根拠無く前払いを請求するのは非常に困難なのです。

前払いが“特別なルール”であることを理解するために、まずは法律の原則を確認しておきましょう。

📘 売買契約(民法第555条)

第555条(売買)
売買は、当事者の一方が財産権を相手方に移転することを約し、
相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

📝 モノを引き渡してからお金をもらう構造です。
「引渡し→支払い」=後払いが原則

📘 請負契約(民法第632条)

第632条(請負)
請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、
相手方がその仕事の結果に対して報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

📝 「完成」が前提で報酬が発生します。
「完成→結果のチェック(検査)→支払い」=後払いが原則

📘 賃貸借契約(民法第601条)

第601条(賃貸借)
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、
相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

📝 使用収益の提供に対して賃料を支払う構造です。
「利用後に支払う」が原則的構造

🧾 実務では「前家賃」方式が一般的ですが、それは契約書で明記されているから成立しているものです。

業務を始める前に、こんな支出が発生していませんか?

  • 材料・商品の仕入れ
  • 外注費の支払い
  • アルバイトの事前手配と人件費
  • 印刷・広告などの発注費用

これらは、いずれも“先に払う=持ち出し”です。
この状態で相手が「やっぱりやめたい」と言ってきたら、損失はすべて自社負担になります。

そして、契約書で前払いの合意がない限り、「着手前に支払ってください」と法的に請求するのは非常に困難です。

東京都内のWeb制作会社・A社は、創業からしばらく「契約書なし+納品後払い」で仕事をしていました。
信頼関係を大切にしていたからです。

ところがある年、納品後に相手企業からの入金が遅れ、月末の外注費や給与の支払いが厳しい状態に。

そこで契約書を初めて導入。こう定めました。

報酬総額のうち30%を「契約締結後7日以内に着手金として支払う」

すると、外注費や人件費の支払いが前倒しで確保でき、キャッシュフローが安定。
以後、主要取引先ではすべて契約書+前払い方式を採用するようになりました。

「契約書=信頼してないという印象があったけど、実際には“資金繰りを改善するための仕組み”だった」
—— B社代表のコメント

上述の通り、民法上の原則は“後払い”であるため、それに反する「前払い」は例外扱いになります。
例外だからこそ、契約書という文書で明確に定める必要があるのです。

■ 条文例:前払いを明記する場合の契約条項

💬 条文例①:着手金を受け取る場合

第○条 甲は、乙に対し、本業務の報酬として金○○円(税込)を支払う。  
2 甲は、前項の報酬のうち金○○円(税込)を契約締結後〇日以内に着手金として支払う。
3 残額は、乙による本業務の完成および成果物の引渡し完了後、〇日以内に支払うものとする。

💬 条文例②:全額前払い

第○条 甲は、本契約に基づくサービスの提供に先立ち、乙に対し金○○円(税込)を支払う。  
2 前項の支払は、サービス提供日の前日までに乙指定の口座に全額振込む方法により行うものとする。
3 乙は、当該支払が確認できない場合、サービスの提供を拒否することができる。

「なぜ前払いが必要なんですか?」と聞かれたら、こう伝えましょう。

  • 「業務開始にあたって材料費や外注費が先行するため、着手金をお願いしています」
  • 「人員確保や印刷発注など、事前コストがかかる業務のため、前払いを設定しています」
  • 「お互いに安心して進めるため、契約書で明確に支払条件を定めています」

項目内容
民法の基本売買・請負・賃貸借すべて“後払い”が前提
前払い例外扱い。契約書での明記が必須
持ち出し外注費・仕入・人件費が先にかかる仕事はリスク大
契約書の効力請求の根拠になる。信頼を“文書で残す”ことで予防策に

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最後まで、お読みくださりありがとうございました。

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