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【契約書のトリセツ】「最新版」はどれ? 契約交渉で勝っても、最後の「正本」で負ける会社の特徴

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.交渉で勝ったのに、なぜ負けるのか?

契約交渉が終わった。

相手は条件をのんだ。
こちらの修正もある程度通った。
社長も上司も満足している。

――よし、これで締結だ。

しかし。

その「締結」の瞬間に、
会社は静かに負けていることがあります。

原因は難しい法律論ではありません。

「正本」が違っている。

たったそれだけです。

契約書が苦手な方ほど、
「中身は難しいから誰かに任せよう」と思う一方で、
最後の確認も“作業”だと勘違いしてしまう。

そしてその“作業”こそが、
会社を守る最後の砦なのです。

あらためて声を大にして言えば、

契約書で一番大事なのは、正本です。

どれだけ良い交渉をしても、
最後に調印されたものがすべて。

裁判所が見るのも、
弁護士が確認するのも、
取引先が主張の根拠にするのも、

「正本」だけです。


2.正本とは「調印された最終版」である

正本とは、

  • 双方が合意し
  • 調印(または電子署名)され
  • 法的効力を持つ最終版

のことです。

メールのやり取りでもない。
赤字修正のワードファイルでもない。
「社内ではこうなっている」という認識でもない。

正本こそが、契約の現実です。

そして恐ろしいことに、

「合意した内容」と
「正本に記載された内容」が

ズレることは、珍しくありません。


3.正本事故の現場は、想像以上にドロドロしている

ここからは、びっくりするくらいに現場でよくある話です。

あるある①「ファイル名マジック」の恐怖

契約書_修正案.docx
契約書_最終.docx
契約書_最終_確定.docx
契約書_最終_確定2.docx
契約書_最終_確定2_修正済.docx

……最新版はどれですか?

交渉担当者は、
頭の中では「確定2_修正済」が正しいと理解しています。

しかし事務担当者は、
フォルダの中の10個のファイルを見て、

「最終って書いてあるからこれかな?」

と印刷してしまう。

そしてそのまま製本。
そのまま押印。
そのまま相手へ返送。

完成。

数年後、トラブル発生。

「そんな条件はのんでいないはずだ!」

でも、正本には書いてある。

――これ、本当に起きます。

あるある②電子契約だから安全、ではない

紙契約には、
製本・押印という「一呼吸」があります。

しかし電子契約は違います。

  • PDFをアップロード
  • メール通知
  • 承認ボタンをクリック

数分で「正本」が成立します。

ここで怖いのは、

メールで合意した内容と、
クラウド上にアップロードされたPDFが
一致しているかを確認せずに「ポチリ」してしまうこと。

紙よりもスピードが速い分、
事故も速い。

電子契約は安全で効率的な仕組みです。
しかし、

確認しない人間を守る仕組みはありません。

あるある③稟議承認と正本の不一致

社内では、
A条件で決裁が通った。

ところが正本は、
なぜかB条件になっている。

これは単なるミスではありません。

コンプライアンス事故です。

そしてさらに厳しい現実があります。

仮に不利な条件で正本を作ってしまった場合、
「社内決裁と違うから無効だ」
という主張は、原則として通りません。

つまり、社内ミスのツケは、会社が払う。
これが現実です。


あるある④丸投げ文化

「これで合意したから、あとはよろしく。」

交渉担当者が事務担当にWordファイルを渡す。

しかし事務担当は、
条件の背景も、交渉経緯も知らない。

彼らはインデントは直せます。
誤字脱字も修正できます。

しかし、

納期が10日後なのか20日後なのか。
損害賠償の上限が50%なのか100%なのか。

その機微には気づけません。


4.なぜズレるのか?

原因は分業構造です。

  • 交渉する人
  • データを整える人
  • 押印を管理する人

それぞれがそれぞれの役割を全うしている。

しかし、

「誰が最終責任者か」

が曖昧なまま進むと、正本事故は起きます。

契約書とは、

取引の解像度を上げるツール

です。

そして正本とは、

その解像度を確定させる瞬間

なのです。

交渉の熱量。
修正の意図。
リスク配分の思想。

それらすべてを、
最後に正本へ封じ込める。

この作業を軽視すると、
会社は静かにリスクを抱えます。


5.今日からできる正本事故防止策

① ファイル管理ルール

  • 最終版には必ず「YYYYMMDD_FIX」を付ける
  • FIX以外は「OLD」フォルダへ隔離
  • 正本化用フォルダを別に作る

最新版が一目で分かる設計にする。

② 電子契約の5分間ルール

承認ボタンを押す前に、

  • メール合意内容と一致しているか
  • 稟議書と一致しているか

黙読確認する5分間を設ける。

③ 稟議との照合義務

決裁条件と正本を必ず照合。

「決裁済み条件チェック欄」を
社内フローに設けるのも有効です。

④ 交渉担当者による最終読み合わせの儀式

どんなに忙しくても、

製本直前のデータを、一字一句読む。

これは儀式です。

形式チェックではありません。
条件チェックです。

丸投げ禁止。


6.契約書の神様は「正本」に宿る

交渉で勝っても、
正本で負ける会社は存在します。

そしてその原因は、
高度な法的知識不足ではありません。

最後の確認不足。

契約書は、
平和な時には沈黙しています。

しかし、
トラブル時には絶対的な存在になります。

その時、あなたの会社を守るのは、

メールでも、
記憶でも、
口約束でもなく、

正本だけです。

何度でも言います。

契約書で一番大事なのは、正本です。

契約書の魂を、
正本という器に正しく封じ込める。

その5分間を惜しまない会社だけが、
長期的に負けない会社になります。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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